第16話 市内

 香料という俺の生まれ故郷ではいささかマイナーな代物の見本を思いつく限り取り寄せて、この交易都市での俺の表の仕事がささやかに始まった。オリエンタルリリーやバニラの香りの香水が目新しいと言って少しずつ売れていく。例の社長は自分と商売が競合しないので、仕入れや運送のノウハウを教えてくれた。

 俺がどうやってここに来たのかよくわからなかったのは、リゼア系の設備である「移動ゲート」というものを経由してきたからだとわかった。交易都市間の人や物資の運送の大半はそれで賄われている。どんな仕組みでどんなエネルギーがかかっているのかは驚いたことにみんな知らない。使い方さえ知っていれば便利に使えているからだ。エレベーターか空の小部屋のようなもの、もっと簡単な物なら試着室のようなカーテンで区切られたスペースまで、形状は様々だが、その中に入れられた人や物が、行き先を入力してスイッチを入れると、ほんの数秒で移動する。もちろん使用料がかかるのだが、大きさに合わせて何人かで協同利用すれば使用料は安くなる。それ以外にも本来なら廃棄されるはずの古くなった移動ゲートを買い受けて自家用として使っている大きな交易商もある。

 社長が教えてくれたのはそういう「大手」の配送担当部署に、正規ルートと比べれば格安の料金を払って品物を便乗させてもらうことだった。

「なあに、あなたの荷物は小さいですから、たいてい引き受けてもらえますよ。それに…」

 そもそも俺がここまでやってきたのも、そういうルートをたどった方法なのだという。言ってみれば貨物列車に人間も乗せてきたようなものなのだ。足取りをつかませない方法として、いくつかの惑星では禁止事項になっているらしい。

 ただし移動ゲートは交易都市間の移動しか使えない。母なる惑星から最も近い交易都市までは、物理的な輸送システムすなわち宇宙船に頼るよりないのだ。この辺りがリゼア系のうまいやり方と言っていいだろう。それぞれの惑星の宇宙開拓のやり方を決してひねりつぶしたりはしないのだ。

「それはそうと、最近キッドマを見ませんが…?」

「ああ、あれは故郷から舎弟をひとり連れてきましてな、自分の仕事を見せて回っておりますよ。」

 初めてこの男と会った店、「Evening star」の例の商談用の席である。なるほど、要はキッドマは出稼ぎ者なのだろう。実入りのいい仕事についている者が身内を呼び寄せるのはよくあるパターンだ。

 そのときふいに、店内の雰囲気が変わった。踊っていた客たちは不満げに立ち尽くし、何人かが展望席のほうを指さしている。商談席から身を乗り出すようにして見てみると、音楽はなぜか止まっていて、展望席から見える宇宙空間にはなぜか人らしきものがいるのが見える。

―…警告である。この地区はこれより衝突事故による破壊が起こる可能性がある。ただちに避難すること。くりかえす。これはリゼア連邦系の統治領内における予知による事前警告である…

「何ですか、これ。」

「ありゃあリゼア人だ。本物ですよ、出ましょう。」

 主に商談席にいた人々が我先に店の出口に向かう。それ以外の客たちはさっきのアナウンスが聞こえていなかったのか、展望席の方を見てがやがやと騒いでいる。外の人影は気密服を着ておらず、顔や手などはむき出しだ。あれがリゼア人なのか。くすんだ淡いオレンジ色の肌と赤褐色から黒に近い藍色まで色とりどりの髪の色。ゆったりした衣服は機能ではなく文化性優位だ。おまけにデザインが似ているだけで統一感がない。ある程度の人数がいるからには警察とか軍隊とか制服を着た一団をを予想していた俺はあてがはずれた。なんのためにいる?

 店の外へ出ると別のアナウンスが聞こえた。

―ミ-14・15・16番街区にいる者は0番街区へ向かって移動すべし。生命の危険がある。1個人で持ち運べない大きさの荷物は持たないこと。周回鉄道は運行しているが中央エレベーターおよび移動ゲートは現在使用禁止である…。

次から次へとアナウンスが流れてくるが、避難しようとするのは半分くらいだ。逆に外がのぞける店やら施設やらに詰めかける人々も多い。

「避難しなくていいんですかね。」

「まあ、よほど不運な場合しか、本当に死者が出たりはしないそうですがね。」

「というと、時々あることだと?」

「いやいや、ここでは初めてです。よその交易都市で以前あったんですよ。まあリゼア人がいればたいていの事故は最小限の被害にしかなりません。それに言われた通り避難すると、いいことがあるんですよ。」

 いつもよりやや混雑した周回鉄道に乗って、隣の04街区で降りる。駅前の広場にはいつもはない大きな立体映像のシステムが置かれ、すでに人だかりができている。社長が指さしてにやりとした。

「じゃ、高みの見物と行きましょう。」

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