第11話 再生
新生命宮内、第3
管理室にいた数名の技官たちは、私の姿を認めると目礼して出て行った。私たちにしかわからない共通の記憶を投影して少しでも彼女の意識の慰留を図るという名目での「お見舞い」だ。毎日来て邪魔になろうと、王の私生活に関わる内容なぞ剣呑で誰も触れたくはないから、皆さっさと
― 退屈でしょうけど、あと少し辛抱して。やっと異体の手筈が着いたわ。これであなたを外へ出してあげられる。
― さっさと死んじゃったことにしたほうが早いんじゃないの。私、どんな異体でもこの際文句言わないから…
― だめ。あなたに万が一があったときはここに帰れるようにしておかないと。
そう、彼女を死者にしてしまっては困るのだ。地球人の寿命はわれらの四分の一程度しかない。彼女の恋が成就したとしてもいつか彼女はここへ帰ってこなければならない。貴重な調査結果とともに。そしてその名目があるからこそ、まるで王による普通の仕事の一部であるかのように、今急ピッチで彼女の遺伝子を持った異体が作られているのである。同じ新生命宮の中で、ここの管理官たちはもちろん極秘で。
― エクエラ人に見えるよう細工がしてある。触毛はにせものだけどね。
― なるほど。顔を半分隠していけるものね。
エクエラ人は蝕毛と呼ばれるアンテナ状の器官で触れあうことで意思の疎通をする、「接触型テレパシー」を使う。そのため我らリゼア人とはごく親近感を持って交友しているが、彼らの口は栄養の摂取のみに特化しているので、一見ひどく獰猛に見えるのだ。地球にいたときスズメバチという生き物を見て彼らに似ていると内心思ったことがある。大きな目とメリハリの利いた曲線美と、弱肉強食の権化のような口元。実際エクエラ人は無用な誤解を招かぬよう交易都市などでは目より下を隠す仮面をつけている。それを利用しようというわけだ。
― 出来上がり次第、わたしの手の者が異体をもって一度外へ出るの。そこから遠隔操作をしてリゼアに入国し、所定の観光ルートを経由して外へ出る。その間にあなたが転移することになってる。
― 外へ出た後は?
― しばらくは交易都市にいてもらう。大丈夫、すぐに地球圏へ入る機会が来るから。
― 見えるの。
― ええ、見えるわ。
安心させるように彼女の手を取る。冷えて乾燥した指先。
「じゃ、また来るから。」
なぜわざわざ声に出して言ったのだろう。意識のないふりをしている彼女がふっと笑った。
「つまり、異体はモノとしていったん外宇宙へ出し、空っぽではあるがヒトとして入国させるのですな。」
「その通り。あなたには先に行ってモノのほうを受け取ってもらい、それからイクセザリアが同伴する形で入ってくる。」
「で、新生命宮で転移していただき、そのまま貿易都市でしばらく潜伏していただくわけです。」
「承知しましたぞ、姫様。しばらくは行ったり来たりになりますな。これは忙しくなりそうだ。」
サグは気を抜くとすぐ「姫様」呼ばわりになる。別にわたしが連絡を直にとるから行ったり来たりする必要はないのだが、外宇宙の思考パターンになじんでしまっているサグは、どちらにも気づいていない。エルクリーズが口元だけでおもしろがっていた。
「で、時に王は見送りなどなさいませんの。ご友人ですのに。」
「できないわ。これはわたしの即位式の直前にするのだもの。」
「え?」
「は!」
「なんと!」
三人三様の驚き方をする。
「どうしてまた、そんな時に?」
「即位式前なら、外宇宙からの入国も増えるし、人の注目はミトラ白砂宮近辺に集中する。新生命宮でちょっとくらい変な外の人がいたって、誰も気にしない。まして当のわたしがそんなことをやるなどと疑う者はない。」
「なるほど、妙案かもしれません。」
とウロンドロスが言った。
「そんな同時進行で、王は、というかウロンドロス様、大丈夫ですの。」
「わたしが大変なのは即位式のほうだけ。ちがいますか。」
さすがは王宮勤めをしただけのことはある。わたしが仕事を分業するのをちゃんと見越しているわけだ。
「そのとおりね。即位式のほうはあなたがた2人にお願いするわ。異体のほうはサグとイクセザリアで。」
「承知です、姫様。」
「あの坊やはどうしますの。」
アーセネイユか。どっちが適役だろう。
「外ね。サグ、今度引き合わせるわ、使ってやってちょうだい。それからエルクリーズ。」
「はい?」
「今度からは彼を坊やなんてよばないことね。私のほうが年下なのよ・」
「承知いたしました、王。」
(*)禁域外 基本的に指向性のあるテレパシーだが、聞く力のある者による「立ち聞き」の可能性は常にある。それを防ぐためには専用の防壁を発信者が張り巡らして、関係者ではない者を排除することが高能力者にとっては簡単で安全な手段である。それに対して人口の9割近くを占める市民階級の人々は、立ち聞きを疑われないよう自分の共感応の半径以上に遠ざかって見せることが儀礼的なマナーである。それを俗に禁域外へ出ると称する。
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