第9話 子飼

―では、『問い。王族の条件は』

―解 氷の美徳。おのれを損ないて他人の熱を冷ますこと。

―よろしゅうございます。

 圧倒的な力量を承認されて、私は新ミトラ王に決まった。 

 即位の式典は4カ月後である。それまでに自分の「影」を何名か選び出すことと、式典で使われる「風の門」のデザインを決めることを除けば、格別な公務はない。王の力はすなわち生命のエネルギーだから、王である私が最高。しかもリゼア系においてはエネルギーすなわち通貨に等しい。変換メカニズムに触れて王の階級色である白のリングに充填していけば、それだけで莫大な資産を生むことになるのだが、3日もやっていたら経済の不均衡につながるからやめてくれとウロンドロスに止められてしまった。新王選定委員の中で一番年若かったこの人が、私の最初の「影」だ。

―次、『王族たるべきもの。』

―王族たるべきもの、宗能力者たるべし。予知予見の力なくして都市の命運に関わるべからず。

―よろしゅうございます。

  「影」というのは王個人の従者のことで、表向きには名前は出ない。人に誰何されたら「影」とのみ答えれば、どこでも自由に出入りできる特権がある。王とは百年以上の主従関係を持っても、その場限りの臨時雇いにしても自由だと言われた。とりあえず今は私に王様教育をしてくれる人が欲しいと言ったら、やってきたのがこのウロンドロスだった。ただいまは成人直前に習った「王族心得とその現実業務」講義の復習をしている最中だ。

 この人は内政と歴史に通じていて、前ミトラ王の時は、宰相的役割をしていた例の新王選定委員長の下にいたという。加えてこの人は王族だ。主従関係になることについてはいいのかと確かめたが、お互いが納得していればかまわないものなのだと言われた。年若いと言っても私より百歳年上。それを聞いたときはあの人よりも年上だということで軽く安心感を覚えて、即決した。あとはどんな人材が必要かと相談したらたら、とりあえず身代わりになりそうな女性を何人か選ぶと良いといわれた。たいていの王族は一人で勝手に行動する時間を多く持つものだが、こと王に関してはその際に身代わりがいないと何かあったらいちいち王宮まで戻る必要があるからだという。ミトラ星内ならどこからでもテレポートして一瞬で王宮に戻ることはできるのだが、勝手のわかっている身代わりがいるなら、たいていは支障ないらしい。

 身代わりか。そうぼんやり考えていた時、

―王、退屈でしたら、お引き合わせしたい者がおります。

と、突然ウロンドロスから提案があった。

―いいよ。どんな人なの。

―「影」の候補としてどうかと思っております。護衛兼身代わりとして。

―女性、ということね。

あらかじめ手配してあったのだろう。ほどなく一人の女が入ってくると型通りの恭順の礼をした。薄い青紫色の髪、赤い瞳、階級は高位市民ミドリ

―直答を許可します。名前と現職を。

―イクセザリア…。ロテ系の駐在武官。

―姓がわからなかったけど?

女は何も答えずに下を向いたままだ。ウロンドロスが苦笑交じりに答えた。

―すみません、どうしても本人が嫌がって自分では名乗りたがらないんで。

 ザラザラと情報が流れ込む。ミトラでは名のある王族の2子だった。出生時トラブル…左足の麻痺?…リハビリ…体術。なるほどね。両親との確執もできるわけだわ。かわいいヒメサマが蝶でなく鬼蜘蛛となったわけだから。

―なかなかに珍しい生い立ちなのね。イクセザリア、立ってみて。

機敏だが、優雅な感じに立ち上がった。総体的に小柄なリゼア系の人間にしては、身長がある。

―わたしが普段少し高めに動いていれば、なんとかなるでしょ。護衛兼身代わり、よろしくね。

―ありがたく、王。

 口数が少ないのは気質によるものだけではないらしい。でも人目を惹く赤い瞳はちょっと手を入れれば私の金の目に似せられるはずだ。いいねえ、狩人の身代わりか。身長が変わらないくらいにまで立つ位置を高くする。あり余るエネルギーを空費するため、リゼアの王族アオは地や床に足をつけず、空に浮いて立ち、歩くのを常とするのだ。目線を合わせたらちょっとびっくりした顔をして、それから優雅に礼を一つして退いた。すごいな、わたしより礼儀作法はできてる。

―わたしからもお礼を、王。つつましい人柄に加えて外宇宙をよく知っている子です。必ずお役に立ちます。

―何よ、あの人とどんな関係? 内政畑のあなたにしては、よく外宇宙用の狩人なんか知ってたわね。

―友人の推挙です。それより王こそいつの間に「狩人」などという言葉を?

―あら、先代のルシカ公は、長年外交一筋だったのよ。

―先代って、お父上様のことですか。お子様相手にそんな話を? 

―賢者の年合いにもなれば、自分の手柄話を聞かせたいものよ。ちょっと聞き上手になってやれば昔話はしてくれたわ

 世間話が始まったころ合いを見計らって、内侍が入ってきた。これが私の二人目の「影」、エルクリーズ。もともとが私付の内侍に決まっていた人だ。あの人につながる人を入れるのは気が進まなかったが、これでたぶん余計な接触はなくなるだろうからとウロンドロスに勧められて承諾した。いやになったら放り出せばいい、というのは王の特権だ。軽い飲み物と、来客の知らせがもたらされる。

―王都情報管理官って何する仕事?

―一般向けに流れる情報の信頼性を監督するのが主な仕事です。

―つまり、大衆の好奇心を満たすべく、新王を取材しようというわけね。いいでしょ。

立ち上がると同時に、接見室へ跳んだ。あわてて恭順の礼をすべくバタバタする気配。袖壁の向こうでかしこまっていた男には見覚えがあった。

―ああ、なんだ。あなた私の出迎えに一人だけ交じってたミドリの人でしょ。



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