第8話 都市

「ねーぇ、キッドマ。この前の約束した石、いつ買ってくれるの。」

 カウンター席に戻ってくるなり、女はわたしの腕にからまりついて言った。

「あん? 石買うなんて話、したっけか。」

「したよぉ、46区のアクセサリーショップで、ほら、あの真赤な石の入った腕輪。」

「あー、あれか。ありゃ石じゃない、石英玉だろ。安物だけどいいのか」

「いい。あたし、あの真赤なのが気に入ったの。」

「石だけほしいのか、腕輪ごとほしいのかどっちだよ。」

「そりゃあ、買ってくれるんなら腕輪も。」

「いいけど。…おい、おまえんとこには赤い石を贈るのは人生捧げる印です、なんて習慣はないだろうな。」

「えー、何だぁ、知ってたのー。もう。だまって買ってもらってこっそりうちまで連れてっちゃおうと思ったのにぃ。」

 あぶないあぶない。交易都市は各星系の法律の最大公約数的なことしか取り締まらない緩さがある。うっかりこの女の口車に乗せられてたら、こいつの故郷では婚約不履行で下手すりゃ塀の中、ということだってありうる。しかし、この緩さがあるからこそ生まれ故郷をはみ出したこの女みたいなのがわんさと住み着いているわけだ。女はこの店のウエイトレス気取りでいるが、別に雇われているわけではない。ここはカウンターの中が見えないようになっているが、実は機械仕掛けのオートクッキングシステムだ。調理をする店員はいない。注文されたものは元来セルフサービスで客が持っていくしくみなのだが、席料がかかる例の商談席のオーダーは1回運ぶごとに飲み物が1杯無料になるサービス券がついてくる。それをいいことにこいつとその仲間は、こっそりウエイトレスのふりをしてサービス券を着服し、それで飲み物をたのんで店の客のふりをし、その実自分の客をさがしている娼婦なのだ。

 かく言うわたしは、実はこの店の用心棒兼マネージャー。だから店に顔を出す奴のことはたいてい調べたし、この女とも関わりを持っている。すべては店の安心アピールのためだ。静寂の塔のあるテーブル席の席料は、この女の1回分の稼ぎより高い。

「ばっかねえ、ミーシュ。あんた、キッドマの年、知らないでしょ。こう見えてもこの人は相当におじいさんなのよ。」

「そーよぉ、結婚なんかしたら赤ちゃんより先にキッドマのおむつ替えるはめになるんだから。」

「まぁじー!!信じられない、この間のピストル打ちまくり犯人捕まえたとき、すごくかっこよかったしー。」

「あれはこの人が軍人上がりだからでしょー。」」

 ということになっている。ここでのもう一ついいことはみんな過去をあまり詮索しないということだ。さて、話が済んだようだから、そろそろ自己紹介にいくかな。カイワハ モレナクテモ、てれぱしーハ モレテルンダヨ。飲み物を持ってさっきの席へ戻る。



「じゃ、キッドマさんもここは長いんですね。」

「ええ、社長と同じくらいには。」

 案内役をしてくれたこの男が店の用心棒だというのにはちょっと驚いたが、この「社長」の頼みで彼曰く「腕がなまらないように動く仕事」も時々やっていると聞いて納得した。

 それから数日間はこの貿易都市の時間に体を慣らしていくのに手間取った。ここは時間1単位(*)にして太陽系人の感覚の1.39倍だという。1日がだいたい33時間余りだから、労働時間だけ見れば俺の感覚と大差ないなと思う。ここに限らずどこの交易都市でも、基本は1日の4分の1が労働時間、店舗や会社の営業時間は2分の1日までということになっているのだそうだ。ちなみに貿易都市の1日の長さはそこに最も近い星系の標準時間に合わせるのが慣例だ。この時差ぼけは無理に合わせようとするとてきめんに体調を崩すそうで、自分の体内時計に忠実に生活しながらこの街の都合に合わせるしかないらしい。

 こうして俺は社長とキッドマのどちらかに連れていってもらってこの交易都市を見て回った。交易という名前にふさわしく、宇宙船のポート、倉庫、大小の店舗が街の大半を占める。残りは観光客や一時滞在者用のホテルと歓楽街、そしてここに住んでいる人々の生活スペースだ。売り物はありふれたものからとんでもないものまでさまざまだ。星系によって禁輸品はいろいろあるが試すだけならここでは御法度じゃない。こちらの星系では安全な食べ物が、あちらの星系では劇毒だったり麻薬だったりということもあるので、基本的に飲食は自己責任だ。一般の安全なツアーでやってくる観光客たちは、自分の星系の会社が経営するホテルに泊まってそこでのみ食事を取り、買ったものは安全性と合法性をチェックされてからのお持ち帰りとなるのだそうだ。

「ときに、リゼア系人というのも、ここへは来るんでしょうか。」

 俺は常連になったパセ系のダイナーで、俺にとってのランチを食べながらキッドマに尋ねた。この店の食べ物は水生生物の肉が主体だそうで、こってりした味つけがうまかった。

「そりゃ来ますが、数が少ないです。」

キッドマは俺と2人だけの時は案外まじめだ。ここの顔見知りが声をかけたりしてくれば気取りのない調子で冗談を言ったり、食べ物や安い小物などで相手の機嫌をとったりすることもあるのにだ。時々どちらが素なのかと思うことがある。キッドマに言わせればなるべくどこの星系とも敵対しないようにしているだけ、と言うのだが。

「リゼア系は神々の星ですからね。欲しがる者もここにあるようなものじゃ満足しません。大人がおもちゃ屋に来ないようなものですよ。」

「そうなんですか。」

と俺は困った顔をして見せる。

「というと、どんなものなら売れるんでしょうか。」

「リゼア系人と商売しようと?」

「ええ。はずかしながらそう思ってここまで来たんです。無理ですかね。」

 キッドマはじっと俺を見つめた。こういうときにうろたえたりしない訓練は受けてきている。少ししてからキッドマは独り言のようにぽつりと言った。

「香料,なんてどうです。よさそうな物、ありますか。」


*3 時間の1単位 1つの星系の主な惑星の1自転に要する時間の360分の1を、その星系の1単位時間とする。太陽系における1単位時間は4分になる。



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