第3話 出立

 予定より帰るのが2カ月早まったといういいわけはあるものの、一番肝心の調査報告はまとまってなかった。あちこちに状況証拠は残っているけれど、連絡手段という決定打にかけているのだ。ルナスリーコロニーという、技術者が多くて人の動きが激しい開拓都市を拠点にして散々探し回ったけれど、この惑星の衛星からはゲートにつながる固定ルートやその痕跡は見つかっていなかった。それどころかリゼア人が生活していた痕跡すらない。ここにいたおそらく百人近い実験の参加者たちは、いつどうやって帰ったのだろう。

 この一つしかない衛星が、この惑星への干渉者たちの作ったものであることは公然の事実だ。けれど遺跡から見る限り、その造り方はリゼア風とは言い切れない要素が強い。では他のどこかに移動のための拠点があったのかと探しても、結局は何一つ見つからなかった。

 帰ったはずなのだ。初代リゼア連邦大公アルトアニザは実験の成果を持ち帰った一人だったのだから。そして彼女を迎えた人々はそのデータを基に新制リゼア連邦の大枠を作ったのだから。それは確かに非の打ちどころのない実験結果で、だからこそ当時の宇宙法に基づき、実験地は入念な消滅がなされたはずだった。それができていないならば半端な実験結果を謗られて、帰還した実験チームは失脚、新たな実験チームが新たな実験地で再挑戦したはずである。そしてリゼア系の流浪の歴史はさらに何十年か何百年か続いたはずなのだ。

 わたしとコスミアが調査を任されたナ星区にあるソル系、すなわち地球圏は、例外の宝庫だった。だいたい探すほどに実験の足跡は増えていくのに、いつの時点で終了し、引き上げたり帰ったりしたものかがわからない。もっともありうべき終了の候補はあまりに最近すぎ、それ以外の可能性はどれも否定要素がありすぎた。どこかに時空の逆流でもない限り、リゼア歴の四千年前と地球歴の四十年前がつながるはずはない。

 ないない尽くしの報告の断章を見返して、わたしは結論を書くのをやめた。不確定要素が多すぎる。


―姫様がた、ご用意はどうでしょうか。予定のシャトルには搭乗できましたか。

―予定通りです、クロアディ。ただ、ちょっと整備に時間がかかったそうで、出発時間が遅れました。

―そうなのですね。接触時間には余裕があるから大丈夫だと思いますが、念のため再計算させます。直前にまた連絡を入れます。

 落ち込んだ気分のまま何も返事をしないコスミアを放っておいて、交信はわたし一人でやっていた。もう成人したとはいえ、王族は3年間の外宇宙研修を終えなければ一人前とは見なされない。まだ「姫様」呼ばわりされても何だか違和感がないのは、実務の経験がないせいもあるだろう。こんなわたしがそのまま王として即位していいものだろうか?

 初めて不安を感じる。わたしの予知能力が何の心配もないと言ってくれているのに。

―こわいの?

 ふいにコスミアがたずねてきた。いつの間にかわたしたちは左右からもたれあうように肩を寄せてすわっていた。コロニーと月とを結ぶシャトル宇宙船の客席である。わたしたちはルナスリーから惑星を4分の1周してコロニーガルーダへ向かう便に乗り込んでいた。帰還用特別ゲートと接触するためだ。

―こわいというより、わたしなんかでいいのかってのは考えるわね。

―みちびかれるままだって、聞いたことがあるわ。

セレタス先王のお母様のことだろう。なるほど。そう考えるなら自分の予知能力に全て委ねて立てる。

―ありがとう、コスミア。あなたがいてくれてよかった。

―何よ、小さいころからずっと一緒だったじゃない。

―そうね、誕生日が3日しかちがわないものね。

 リゼア系の教育は生まれた日によってクラス分けされ、学校そのものが別々になるしくみだ。ただ人数の少ない王族の子は誕生月ごとにまとめられていた。単純に人口比で王族は1万人に1人と言われているが、遺伝的な親が王族だからといった子供がすべて王族になるとは限らない。コスミアのように予知能力がない高能力者、高位市民》《ミドリ》になるものが多いのだ。逆に人口の7割を占める一般市民アカから王族になるものも少なからずいる。わたしとコスミアの所属していた王族クラスでも、10年間の初等教育期間の中で3割くらいは入れ替わっていた。ずっと親友として一緒にいられたことは僥倖だっただろう。

―帰ったら、別々になるのね。

 ふいにコスミアが手を握ってきた。そう、このままでは彼女は外宇宙対応のできる高位市民ミドリとしての人生が用意されてしまう。

―そのことだけど、戻ったらね…。

 わたしは帰還後の彼女の行動について、説明し始めた。彼女を再びここへ、彼女が選んだ相手の所へ戻すための計画だった。コスミアは黙ったままわたしの計画を受け入れていた。

―どう、できそう? あなたのこの異体はわたしが責任もって保存しておくから。

―わかった。やらなきゃ進めないもの。疑われないようにやってみる。

 その時シャトルの乗務員のアナウンスが始まった。

「ご搭乗の皆さま、当機はただいまよりコロニーガルーダへの接触コースに入ります。振動と重力の変動にご注意願います。」

―姫様がた、準備はよろしいでしょうか。こちらの中継地点の座標をお送りいたします。わたしたちは交易都市ピンスのゲート地区にてお待ちします。

―ありがとうクロアディ。予定通りね。

 これからわたしたちは、いくつかの小惑星上に仮設された筐体はこを行き継いで交易都市へ戻る。そこまで行きつければ故郷リゼア系に帰ることができるのだ。

 シャトルは何本かのタイトビームに捕捉され、慣性で少し揺れた。コロニーの重力がかかって、座席が少し余分に沈む。

「前列のお席の方から、あわてずにお降りくださいませ。シャトル内よりコロニーの内部は重力がかかっております。体調に不安のある方は、どうぞ乗務員にお申し出ください。」

 アナウンスが続いている。わたしたちは最後に降りるつもりで、少しぐずぐずしている。

「大丈夫ですか、お客様。どこかお加減でも…」

「あ、平気平気。彼女失恋したんでちょっと落ち込んでるんです。」

コスミアを引きずるように立たせると、

「さー、元気出して、行くわよー。」

と出口に向かった。機体の出入り口とコロニーの入り口を電磁シールがつないでいる。わたしたちが通り抜けるとき、そこが瞬間ポッと光った。



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