第2話 生育

「で、どーよ。彼女もうおしまいだって?」

「いや、また連絡してね、ってさ。」

「いーのかぁ、俺ら、長距離便だぞ。二月三月じゃ帰ってこれないことだってザラにあるのに。」

「…うん」

 俺は時々この幼馴染の思ってることがよくわからなくなる。宇宙船のパイロットが昔の飛行機操縦者のようなエリート職でないとはいえ、共同保育社出身の俺らにしてみれば万々歳の大出世であることにまちがいはない。しかし大手企業のパイロット養成プログラムに合格して、ただでライセンスをとれたとはいえ、その下請けの孫請け的な小さな運送屋にしか就職できず、5年間は違約金に縛られてやめることはできない身なのだ。前途洋々ってやつとは程遠いのである。それなのにどこのお嬢様ですかって感じの世間慣れしていない可愛い彼女を作って、別れないってどうかと思う。まぁ、自然消滅するだろうなあ。運よく次のデートが成立したとしても、おっさんとにーちゃんばかりの殺風景な男所帯の職場で何カ月も過ごしたあとで、女の子をドン引きさせないでいられる保証はどこにもない。

「それより、早く共同保育社ホームに帰ろうよ。今日行かないと時間ないでしょ。」

「おおそうよ。早いとこママの顔見に行かないとな。」

「無事卒業できましたってね。」

「チビたちにも何か買ってってやろうぜ。へへっ、喜ぶぞ。」

 人口の極端な変動を防ぐために、年間に生まれる子どもの数を決めるようになったのは大災厄後だから、たかだか30年余りの歴史しかないが、これくらい人類の自由とか平等とかいうことに貢献したことはないんじゃないかというのは、俺たちを育ててくれたホームの大ママの弁だ。大災厄が今までの家族制度を根幹をゆさぶったことで、自分で子育てをしない18歳以上の人間は一律養育税を取られる仕組みが出来上がり、一方で子育てをすることが社会的な貢献として職業になった。それまで社会的な弱者だった乳幼児を持つ母親が、育児そのもので対価を得られるようになったのだ。それゆえに育児は集団で行うことが奨励された。暴力や偏見の助長、ネグレクトなどを防止するためである。子育てをする人々は専用の設備と人手がそろったナーサリーヴィルと呼ばれる一画で共同生活をし、子どもは家庭という密室ではなく、複数の養育者に見守られて成長する仕組みだった。

 だが、そういう生活がなじめない人々というものもいる。十数人の複雑な人間関係に悩む者や、ストレスに耐えられず心身を損なう者、手っ取り早く生活の糧を得るために子育てを始めたものの、全く不向きだとわかった者などである。そういった人々から養育権を譲渡されたり、裁判所から委託を受けたりして、いわばビジネスとして子どもを育てているナーサリーヴィル、それが共同保育社である。

「セイジ、ルイス! おかえり。よく帰ってきてくれたわね。」

「卒業おめでとう、仕事へはいつから行くの」

 俺たちは自分を育ててくれたママたちと、数カ月ぶりの再会をした。義務教育を終わると、共同保育社のナーサリーヴィルには同居できないという法律上の制限がある。

「セイジにいー、卒業おめでとう。」

「あー、クッキーの大袋だあ。おれ、もーらいっと」

「これ、おやつの時間まで待ちなさい。」

大騒ぎの弟妹チビどもと若いママたちのやり取りも相変わらずだ。セイジはいつものようにすぐ弟妹チビどもの相手を始める。まったく人づきあいってものがうまい奴だよな。

「ばあちゃんの調子はどう?」

俺は自分の育ての親、アニタに小声でたずねた。

「退院はしたけどね、弱る一方よ。会ってあげて。」

 一階奥の、前はショートステイの子が使ってた部屋が、ほぼ寝たきりになったばあちゃんこと大ママの居室になっていた。ノックをして、声をかけて中に入る。

「おや、ルイスかい。驚いたね、どれ…」

手元のスイッチを使って、ベッドを斜めに起こして、しわだらけの顔で笑った。笑顔が弱弱しい。

「ばあちゃん、思ったより元気そうじゃん。俺とセイジ、無事卒業したよ。来月から社会人だ。」

「おめでとう、がんばったねぇ…」

不自然に動かない右腕にどうしても目がいってしまう。ハグでも握手でもしてやりたいのはやまやまだけど、壊してしまいそうでためらう。

「ルイス、私はもう長くないから、次に会うことはないかもしれない。だから、今ここで言っておくよ。セイジのことだ。……」

「あいつのこと?」

「あの子は普通の子じゃないかもしれない。」

「あぁ? どうゆうことだよ。」

 ばあちゃんが話したのは結構とんでもない話だった。あいつは救命カプセルに入ったまま、宇宙のごみ捨て場、デブリヤードと言われるところで見つかったのである。救命カプセルというからには宇宙船や開拓前線基地なんかの付属品なのだが、あいつの入っていたカプセルはどこの付属品だったのかわからず、当然あいつの身元もわからなかったのだという。

「宇宙の捨て子だな。」

「そういうことさ。だからといって地球人にはちがいない。発見された日を誕生日ってことにして、推定年齢2歳ってことで、うちのホームに来たんだよ。セイジって名前は当時の宇宙開発推進局長さんの名前をもらった。何か変わったことやわかったことがあったら知らせてくれってね。」

「知らせてってどこにさ、福祉局?」

「…福祉局じゃない、開発推進局。」

「2歳の子が大きくなったら何か思い出してしゃべってくれるって期待してたの?そりゃ無理っぽくね。」

「ひょっとしたらあの子は、大災厄前の生まれかもしれないって、言われたんだよ。」

「はあぁ!?」

「救命カプセルはちゃんと機能してたから、赤ん坊は生きてた。でもカプセルの記録によれば、あの子を入れてから30年は経ってるって。」

「記録が壊れてたんじゃないの。」

「まぁ、そうだったんだろうねえ。」

 そこまで話し終えると、ばあちゃんは疲れたように目を閉じた。

「頼んだよ、あんたら二人は双子のように仲がいいから。セイジのために憶えていてやっておくれ。」

「あいつは、知ってんのか?」

ばあちゃんは目を閉じたまま、小さくかぶりを振った。そして、それが俺とばあちゃんの最後の会話で、おれは用意してたお見舞いと感謝の言葉を一言も言えないままになった。

 ニュートーキョー第6ナーサリーヴィル、カトウ共同保育社の元社長、カトウユメノはその4時間後に亡くなった。


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