エピローグ

 久しぶりに制服を着ると、不思議な感じがする。

 私は姿見を眺めた。日焼け止めを塗ったのに、ちょっと焼けているような気がする。それだけ最近の夏の日差しがすごいってことなのか、たくさん外に出たってことなのか。夏休み、仲町は何かの遅れを取り戻すかのように、何度も私をデートに誘ってきた。


 小学生の頃みたいに、絵日記でも書いていたら。

 多分、仲町の絵で全てのページが埋まっていただろう。


 それくらい彼女と同じ時間を過ごして、気づけば夏休みが終わっていた。

 私は小さく息を吐いて、学校に向かった。





「春流ちゃん! おはよう!」


 私が教室に入ると、友達と話していた仲町がこっちにやってくる。友達にも関係がバレたからなのか、最近の仲町は教室にいても構わず私のところに来るようになった。眞耶は「春流の親友の座は渡さないから!」と謎の対抗心を燃やしていたが、なんだかんだ仲良さそうにやっている。


「おはよ。九月一日にここまで元気なの、すごいね」

「なんで? 学校で春流ちゃんに会えるんだから、元気出るのは当たり前だよ!」


 世の学生は二学期が始まることで絶望しているだろうに、仲町は元気だ。むしろ夏休みの時よりも元気かもしれない。


「あはは、ありがと。私も仲町の顔見てたら、元気出てきたよ」

「それならよかった! もっと見てもいいよ」

「じゃあ、HRが始まるまでずっと見てよっかな?」

「そ、それはちょっと恥ずかしいかもです……」

「だよね。じゃ、また後で」


 私は彼女の頭を撫でてから、自分の席に戻った。


「朝からいちゃついてるねぇ」


 私の席には、眞耶が座っていた。私は構わず彼女の膝に座ろうとして、そういえば仲町はこういうの嫉妬するんだったと思い出す。


 仕方なく、私は机の上に座った。

 眞耶は目を細めた。


「まあね。ああ、そうだ。今日は眞耶にちょっと渡したいものがあって」

「うん?」

「これ、あげる」


 私は紙袋を手渡した。眞耶はそれを受け取ると、ごそごそと中身を探り出す。


「……ハンドクリーム?」

「そ。最近手が乾燥するって言ってたでしょ?」

「あ、ありがとう。でも、なんで?」

「……この前のキャラメルのお礼、かな?」


 あの日、多分眞耶は仲町に色々とアドバイスとかをしたのだろう。私の知る眞耶は、そういう人だ。そのおかげ、かはわからないけれど。とにかく私は自分の気持ちを多少信じられるようになって、仲町と別れずに済んだ。


 だから、諸々を合わせて、眞耶にはお礼をしておきたかったのだ。


「……大事に使うね」

「ん。色々ありがとね」

「べ、別に」


 眞耶はそっぽを向いた。

 意外に照れ屋なのかな、と思う。私はくすくす笑って、彼女と少し世間話をした。





「あの、仲町?」


 あちら立てればこちらが立たぬ。

 そんな言葉を今、思い出した。


 仲町は驚くほどに不機嫌な様子を見せている。多分、眞耶にハンドクリームをプレゼントしていたのを見られていたのだろう。思えば私は、仲町に何かをプレゼントしたことがない。


「眞耶には、色々お世話になったから」


 理由を言ったけれど、彼女は納得していない様子である。

 思った以上に嫉妬深いなぁ。どうすれば機嫌を良くしてくれるか考えながら、私は彼女と街を歩いた。初めてのプレゼントが茶葉はないし、アクセサリー……は、好みがわからない。


 今の私が彼女にプレゼントできるもので、彼女が喜ぶもの。

 少し考えて、そういえばあれがあったと思い出す。

 私はそっと、彼女の手を引いた。


「ちょっと、来て」

「……? はるちゃん?」


 不機嫌でも、私に手を引かれたらちゃんとついてくるのが彼女らしいと思う。私はそのまま彼女の手を引いて、自分の家に向かった。


 いつものようにお茶を入れて、いつものようにソファに二人並んで座って。


 いつの間にか、彼女も自然と靴下を脱ぐようになっている。

 彼女が隣にいる光景も、なんというか馴染んできたと思う。お茶を飲んでいる間会話はなかったけれど、彼女が隣にいるだけで満たされる感じがした。

 一息ついたタイミングで、私は言った。


「雛夏」

「うん。……うぇっ!?」


 一拍遅れて苗字ではなく名前を呼ばれたことに気づいたのか、彼女はぎくりと体をこわばらせる。


 すごい反応だ。今までずっと仲町って呼んできたんだから、当然だろうけど。


「わお。そこまでびっくりする?」

「だ、だって! 春流ちゃんに名前呼ばれるの初めてだし!」

「これからはたくさん呼ぶんだから、慣れて」

「……は」

「雛夏。雛夏は私の初めて、全部もらってくれるんだよね?」

「うん」


 ここぞという時に断言してくれるのが、彼女のいいところだ。

 私はにこりと笑った。


「じゃあ、改めて。私の初めて、全部……ううん。私のこと、全部雛夏にあげるよ」

「……うぇ?」

「雛夏が喜ぶプレゼントは、私自身かなって思って。嬉しくない?」

「えっ、あっ、う、嬉しい、です……」


 春流ちゃんはものじゃないよ、とか真面目なことを言ってくるかと思ったけれど。


 意外とこういう時は、素直に受け取ってくれるらしい。

 私の感情も、初めても、彼女が受け取ってくれるなら価値のあるものになる気がする。受け取られないまま打ち捨てられたら、きっと無意味なものになってしまう。


 胸に痛いほどの安堵が広がる。

 同時に、心臓がドキドキうるさくなった。矛盾しているような気もするけれど、それが好きって気持ちなのだろう。だから、嫌じゃない。


「……ずっと、恋人でいてくれる? 私、こんな感じだけど。実は結構臆病で寂しがりだよ」

「そういう春流ちゃんも、好き」

「なら、教えて。雛夏の、好きって気持ち」


 彼女は私の肩に手を置いて、そのまま顔を近づけてくる。

 今日は、触れ合わせるだけのキスだった。これまで色んなキスをしてきたけれど、一番心が落ち着くキスはこれだと思う。

 顔を離すと、彼女は真っ赤な顔のまま微笑む。


「……伝わった?」

「すっごい伝わった。雛夏、やっぱり私のこと大好きだね」

「……うん、大好き」

「私も、大好き」


 私たちはそのまま、お互いの手を握った。

 まだまだ不安定なところも多くて、未来のことはわからないけれど。雛夏が隣にいてくれるなら、明日もきっと笑って過ごせると思う。


 これまでただ生きてきた時間よりも、雛夏と一緒に過ごした時間の方が長くなる日が、いつか来るのかな。その日が来たら、私は今とどれだけ変わっているだろう。


 ……いや。

 どれだけ変わっても、変わらないことだってきっとある。


「……ふふ。じゃあ、雛夏。しよっか」

「……するって?」


 何度も言ってきたのに。

 その度に彼女は問うてくるから、私は笑ってしまう。


「セックス」

「だ、だから! なんで春流ちゃんはそっちにばっか行くの! もっと雰囲気とか考えてよ!」

「好きって言い合ったタイミングって、すごい雰囲気いいと思うけど」

「うっ」

「……する?」

「す、し、す、うぅう……もう、どうなっても知らないからね!」

「わお。大胆さんだ」

「春流ちゃんのせいだから!」


 彼女は私のことを、そっと押し倒してくる。

 以前よりも積極的になってきたよな、と思う。どんな雛夏でも好きだけど、積極的な雛夏はもっと好きかもしれない。


 くすくす笑っていると、キスされた。相変わらず真っ赤なその顔は可愛くて、つい見惚れてしまう。彼女にとっても私がそういう存在だったらいいな。そう思いながら、キスを返す。


 これからも、こうやって色んなことを彼女と一緒にやっていきたい。


 捨てるだけだった初めてを彼女にあげて、彼女の感情も受け取って。そうしていけたら、きっと。

 私たちは、明日も幸せだ。

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私のことが大好きなクラスメイトに初めてを全部押し付ける話 犬甘あんず(ぽめぞーん) @mofuzo

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