第4話 君に危害を加えようとする奴がいたら逆に私が殺してやる!

 引き続き、二人は一緒に歩いている。

 距離だけは狭まったが、会話は相変わらず弾まない。

 優斗はなにを話したらいいか分からないし、沙苗は一緒に歩いているだけで胸がいっぱいと言った様子だ。


 普段の余裕有り気な微笑はどこへやら。

 顔面の筋肉が溶解したようなデヘヘ顔で、時折思い出したように優斗の顔をジィっと見つめると、「いい天気だな」とか「素晴らしい天気だ」とか、「世界が私達を祝福しているみたいだ」みたいに返答に困る話題を振って来る。


 喜んでくれるのは嬉しいが、優斗としては「そうだね」とか、「そうだね」とか、「そうかな?」みたいなつまらない返事しか出来ず、自分のコミュ力の低さが情けなくなる。


 そもそも優斗は上の空だった。

 先程からすれ違う通行人の奇異の目が気になって仕方ない。


「アレってカップル?」

「あり得ないっしょ」

「全然釣り合ってねぇー」


 なんて声が聞こえてくる。

 そんな事は言われるまでもなく優斗が一番分かっているのだが、改めて言われると居た堪れない気持ちになる。


 だからカップルだと思われない程度に距離を取りたいのだが、沙苗に面と向かって「君の隣を歩きたいんだ」なんて言われた手前、そうする事も出来ないでいる。


(でも、このままじゃマズいよなぁ……)


 見ず知らずの通行人にすらアレコレ言われているのだ。

 同じ学校の生徒に見られたらどうなるかなんて想像に難くない。

 案の定学校が近づくと。


「……え! なにあれ!?」

「難攻不落の美神さんが男子と一緒に歩いてるぞ!?」

「あの距離はどう考えてもカップルだよね……」

「イヤイヤイヤイヤ! あり得ねぇだろ!? 誰だよアイツ!?」

「あんな冴えないチビが美神さんの彼氏とかマ?」

「荷物持ちの間違いだろ……」


 ある者はヒソヒソと、またあるものは大っぴらに。

 共通するのは、誰もが「信じられない!?」と驚愕の表情を浮かべている事だ。

 耐え切れなくなり、優斗はスッと沙苗から離れた。


「む。どうした小丸君?」


 俯く優斗を不思議がるように尋ねる。


「……その。目立ってるみたいなので……」


 言われて初めて気づいたような顔をして沙苗が辺りを見回す。


「そのようだ。まぁ当然か。なにせこの私に彼氏が出来たんだからな!」

「美神さん! 声が大きいですよ!?」


 ギョッとして注意するが後の祭りだ。

 誇らしげな沙苗の声を聞き、ギャラリーの表情が凍り付いた。


「今の聞いた!? やっぱり彼氏だって!?」

「大ニュースじゃん! みんなに伝えなきゃ!」

「信じられねぇ! なんであんな奴が美神さんの彼氏になれるんだよ!?」

「俺達はあんな冴えないチビに負けたのか?」

「許せねぇ……。なんなんだよあのチビ……」

「あわわわわ……」


 サァッと優斗の血の気が引いた。

 穴があったら入りたい。

 ある者はキャキャー騒いで動画を撮り、ある者は頭を抱えて絶望する。

 またある者は憎らし気に優斗を見つめる。

 というか男子の大半が嫉妬の炎を燃やして優斗を睨んでいるおり、中には女子も混じっていた。


「フフフ。見たまえ小丸君。みんな君に注目してるぞ。こんなに素敵な彼氏だからな。羨ましくなるのも当然か……ムフッ」


 あまりにズレた発言に優斗の口がポカンと開く。


「……いや、いやいやいや! 明らかに妬まれてるだけですよ!?」

「そうとも言うが。良いじゃないか。私だって女だ。素敵な彼氏を周りに見せびらかしたいと思う気持ちくらいある」

「そうじゃなくて! 美神さんと付き合ってる僕が妬まれてるんですよ!? 分かるでしょ!?」

「?」


 全く分かっていない顔で沙苗が首を傾げる。


「本気ですか? 美神さんは数多の男子の告白を断ってきた難攻不落の高嶺の花なんですよ? そんな人が僕みたいな冴えないチビと付き合ってたらおかしいでしょ?」

「そんなの私の勝手だし、小丸君は冴えないチビなんかじゃない。素敵で可愛い私の婚約者だ」

「「「婚約者ぁああああ!?」」」


 驚愕の合唱が校門前に響く。


「ち、違いますよ!?」

「なにが違うんだ! 私の告白に対して君は結婚を前提に付き合ってくれると言ったじゃないか! あの言葉は嘘だったのか!?」

「そ、それは……」


 物の弾みと言うか、沙苗の熱意に押し切られただけである。

 だが、この場でそんな事を言ったら沙苗のファンに八つ裂きにされそうだ。


「……嘘じゃないですけど」

「だろう? 結婚を前提に付き合っているという事は婚約しているのと同じ事だ! だったらもう結婚していると言っても過言ではない!」

「それは流石に過言ですから!」

「なぜだ!? 小丸君は私の事を捨てる気なのか!?」


(美神さんが僕の事を捨てるんですよ!)


 言いたいが言えなかった。

 涙目になる沙苗を見て、彼女のファンが殺意めいた視線をぶつけてきたからである。


「……そんな気はもちろんないですけど」


 そう答えるのが精一杯だ。

 実際、優斗から沙苗を振るなんて事はあまりにも恐れ多い。


「ならいいんだが。私だって女の子だ。あまり不安にさせるような事を言わないでくれ」


 心底ホッとした様子の沙苗は、可愛い事は可愛かった。

 それこそ胸を締め付けられる程度には。

 それはそれとして。


「婚約者ってマジかよ……」

「てか、美神さんの方から告ったのか?」

「あんな奴のどこがいいんだよ!?」

「む? 知りたいのなら教えてやろう! 小丸君の良い所は――」

「もういいですから!? これ以上周りを刺激しないで下さい!」


 沙苗の手を取り逃げるように校舎に向かう。


「ほわぁ!? こ、こここ、小丸君!? 大胆過ぎるぞ! 流石にそれは心の準備が出来ていない!?」

「ご、ごめんなさいっ!?」


 ハッとして離そうとするが。


「いやいい! むしろ良い! 流石は私を惚れさせた男だ! 女心という物を良く分かっている! 不意打ち、無理やり、大歓迎だ!」

「あぁもう! なんでそんな誤解されるような事ばっかり言うんですか!? っていうか手を離してください!?」

「イヤだ! だってこんなに小さくてスベスベでぷにぷになんだぞ!? もう一生離したくない!」


 それを言うなら沙苗の手だって大きくて柔らかくて暖かくてスベスベだ。

 握っているだけで全身ビリビリ、背筋ゾクゾク、頭クラクラ。

 だが、大勢の生徒が入り乱れる朝の玄関で沙苗と手を繋いでいたら目立ちすぎる。

 外でのやり取りを知らない生徒達は何事かと軽いパニックを起こしている。


「もう! いい加減にしないと怒りますよ!」

「それは困る!」


 慌てて離すと、沙苗は掌に残る温もりを惜しむように頬ずりし、スンスンと匂いを嗅ぎ、うっとりした後ゴクリと唾を飲み込み、ペロリとその手を舐めようと――。


「………………」


 ドン引きの優斗を見て我に返り手を引っ込める。


「な~んちゃって。まさかそんなキモい事するわけないだろう?」

「本当ですか」

「……嘘です。だって大好きな小丸君と手を繋いでしまったんだぞ!? 匂いたいし味も見ておきたいじゃないか!?」

「言わなくていいですから! 美神さんが変態なのは十分分かりましたから、そういうのは僕の見てない所でやって下さい!」

「許可が出ただと? あぁ! なんて心の広い彼氏だろう!」

「お願いだからちょっと黙って! 僕の話を聞いて下さい!」


 沙苗が彼氏と口にする度周りが凄い顔をするのだ。


(あぁもう! こんな事になるんなら先に色々決めておくんだった!)


 優斗みたいな冴えないモブキャラが沙苗みたいな人気者の美少女と付き合ったらどうなるかなんて分かり切った事である。

 付き合っている事を内緒にするとか、色々策はあったはずだ。

 とは言え昨日の今日である。

 まさか優斗も沙苗が家まで来るとは思っていない。

 優斗だっていきなり美人の彼女が出来て舞い上がっているのだ。

 冷静な判断なんか下せるわけもない。


 なんにせよ、全ては後の祭りである。

 この様子では優斗が沙苗と付き合っている事はあっと言う間に学校中に広まるだろう。

 それについては諦めるしかないが、沙苗の態度は改めて貰う必要がある。


「分かってないみたいだから言っておきますけど、美神さんがどう思おうが僕達は全然釣り合ってないカップルなんです。だから、あんまり周りを刺激するような事はしないで下さい。じゃないと僕、美神さんのファンに殺されちゃいますよ!」

「なんだと? そんな事は私が絶対許さない! 小丸君は私が守る! 君に危害を加えようとする奴がいたら逆に私が殺してやる! 一族郎党皆殺しだ!」

「発想がバーサーカーなんですよ! いつものクールな美神さんはどこにいっちゃったんですか!」

「大事な彼氏を傷つけられると言われて冷静でいられるわけないだろ!」


(誰のせいだとおもってるんですか!?)


 喉元まで出かけた言葉を飲み込む。

 こうなったのは沙苗のせいだが、彼女に責任があるわけではない。

 彼女はただ、普通に恋をしただけだ。

 ただ、彼女の場合は異常にモテてて、男の趣味が悪かったと言うだけの話である。


(……僕がもっとマシな男ならここまでの事にはならなかったんだろうけど)


 そういう意味では自分のせいとも言える。

 少なくとも、優斗にはこんな自分を好きだと言ってくれている女の子を責める事なんか出来なかった。

 そんな優斗の表情を見て、沙苗は察しなくていい事を察したらしい。


「分かっている。こうなったのも全て私の責任だ。小丸君に迷惑はかけたくない。だから――」


 深刻そうな口ぶりに、優斗の心臓がキュッとなった。

 突然、自分でもビックリするくらい怖くなる。


「まさか、別れるなんて言わないですよね?」

「いや全然。そんな事考えもしなかったが」

「あ、はい……」


 ホッとすると同時に物凄く恥ずかしくなった。

 いつの間にか、優斗も沙苗を好きになっていたらしい。

 と言ったら語弊があるかもしれないが。

 沙苗と一緒に居るのは楽しいし、別れたくないとは思っている。

 そんな優斗を見て、沙苗はうっとりと生暖かな笑みを浮かべる。


「……なんですかその顔は」

「こっちの台詞だ。縋るような不安そうな君の顏。最高だ!」

「悪趣味ですよ……」

「かもしれない。だが、安心したよ。少しは君も私の事を好いてくれていると分かったからな」


 指摘され、優斗の顔が熱くなる。


「やめてくれ。それ以上は私の理性が持たない。可愛すぎるぞ、小丸君!」

「もう! 僕だって一応男の子なんですよ! 可愛いとか言われても嬉しくないですから!」

「だって可愛すぎるんだもの!」


 顔を隠して拗ねる優斗に沙苗が身悶えする。

 沙苗はコホンと咳払いをし。


「とにかく。君の事は私が守る。誰にも傷つけさせはしない。その為の策もある」

「本当ですか?」

「本当だ。今考えた」

「……物凄く不安なんですけど」

「まぁ見ていろ」


 自信満々に言うと、沙苗は優斗を入口で待たせ、我が物顔で一組の教室に入っていく。


「おはよう諸君! 突然だが、私はそこにいる小丸優斗君と結婚を前提にお付き合いをする事になった。告白したのは私からだ。そういうわけだから、彼に危害を加える事は私に仇なす事と同義だと思って欲しい。わかったかな?」


 突然の事に、一組の面々はあんぐりと大口を開けて固まっている。


「わかったかと聞いているんだ!」


 ゴン! 沙苗の拳が黒板を叩く。

 そこに刻まれた拳の跡を見るまでもなく。


「「「わかりましたぁ!」」」


 サーイェッサーみたいなノリで一斉に叫ぶ。


「よろしい。話は以上だ」


 満足そうに頷くと、沙苗はやり遂げた顔でグッと親指を立て、「それじゃあまた後で」と自分の教室に向かった。


 ポカンと呆けた優斗は一人で取り残された。

 一組の教室は不気味なほどに静まり返っている。

 放心状態の生徒達は不意にハッとして視線を優斗に向けた。

 優斗は視線を逸らして現実から逃避した。

 次の瞬間。


「どういう事だよ!?」

「小丸君美神さんと付き合ってるの!?」

「なんで!?」

「どうして!?」


 これまでろくに話した事のないクラスメイトに囲まれて、優斗は叫んだ。


「そんなの僕にもわかりませんよ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

学校一の完璧美少女は僕の前でだけ残念になるようです。 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ