あかいはな。

@Soltmusubi-san

第1話

赤、あか、アカ、紅、赫。

全部、わたしは大嫌い。


「うぅ……」

お母さん。どうして起こしてくれなかったの、と少女は目を擦り、こちらを見る。

「あれっ、お母さんじゃない!あなた誰?」

知るか、わたしは忙しいんだ。お前のことなんて、知ったこっちゃない。さっさとどこかに行ってくれ――

ふと目を向けると、少女は肩を震わせて泣いていた。

全く面倒だ。なんで、名誉な事じゃないのか。

怖いのか、ここが。

なぜ?喜ぶべきことだろう。この部屋へ来ること自体、素晴らしいことなのに。少なくともわたしはそう教わった。喜ぶように言われた。上辺だけの言葉を並べて、薄っぺらい笑顔を張りつけてでも、「嬉しい。」と、言えと。

まるでそこらの宗教二世かのよう、いやそれならば皆そうか。人形だ。踊っているんだ。死ぬまで、神とやらの手のひらの上だ。気づかないままの方が、幸せだったやもしれない。

「おにいちゃん、なんで泣いてるの?」

えっ、と声が出た。短く切りそろえた髪、デニムのハーフパンツ。勘違いするのも無理はない。いやそれよりも、わたしは泣いているのか?意味がわからない。わたしが私でなくなるみたいだ。

そうか。ここから出られないのなら、わたしも子供なんだ。適当に相槌をうっておけば、直ぐに出られると思ったのに。大人に、なれない。

なりたくない、知りたくない。どこかの寺や神社の彫刻に、猿にでもなった方がマシだ。何も見ずに、聞かずに済むのなら、成長などという醜い変化もずっと知らずにいられるのなら、その方が何倍もマシだ。死にたいより、消えたいより、馬鹿になりたい、と思った。目を背け続けられるように。現実の味を知らぬまま、子供のままで。

「ねえおにいちゃん、ここどこ?」

わたしは訂正しなかった。おねえちゃんだよ、とは言わなかった。少し、本当にほんの少しだけ、心地が良かったからだ。

「…成長する場所だよ。人が、成長する場所」

少し間を置いて、少女は小首を傾げる。

「どういうこと?」

言葉が足りない。分かっている。これだけで理解出来るはずも無い。それでもわたしは、目の前の少女に“同類”の可能性を感じずにはいられはかった。わたしと同じように、この部屋に違和感を抱いてくれないか、と。詳しく説明してしまえば、その可能性を潰してしまうことになりかねない。現実を押し付けることになってしまう。

ここから出たくない、子供のままでいたいと、そう叫んで欲しかった。

わたしの代わりに?

とんでもない、最低だ。頭を冷やそう。

「まあいいや、おにいちゃんはお名前なんていうの?」

「……雨宮玻璃。」

この時に即答できなかったのは、何故だろうか。

「あめみや…はり?はり!ハリおにいちゃん、よろしくね!」

これが、わたし雨宮玻璃とこの少女――すみとの短い物語の始まりだった。

時間にして、一週間程度だったろうか。

それでもわたしは、きっとずっとこの時間を忘れない。

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