『天気雨の屋上から始まった恋、愛―神浦さんと荒木くん―』

小田舵木

『天気雨の屋上から始まった恋、愛―神浦さんと荒木くん―』

 青春とは。無為に時間を過ごす事である―

 と。誰かは言った…いや嘘だ。俺が言った。

 

 俺は空を見上げる。快晴の空、真っ青な空。そこに雨が降っている。天気雨。狐の嫁入りというのは俺の地域だけの名称だろうか?

 せっかくの昼飯がずぶ濡れである。ここは学校の屋上。アニメなんかの創作物じゃ気楽に開放されているが。俺の学校では数年前に自殺未遂が起きて閉鎖されている。

 俺はこの学校の屋上の鍵をピッキングの要領で開け、無断侵入している。

 今まで、このちょっとした校則違反、悪行が他人にバレた事はない。

 俺は。誰かと群れて飯を食うことが好きではない。

 飯というのは独りで開放されて食うものだ。

 …なんて。どうでも良い御託を述べている場合じゃない。

 昼飯を食い損ねてしまう。もう購買に行ってもパンは全滅しているであろう。

 

 俺は屋上の地べたから立ち上がり、伸びをする。

 そして振り返れば―彼女は居た。

 クラスメイト…だったはずだ。彼女はあまりに印象が薄くて俺の記憶には残っていない。

 ええと…名前は。何だっけ?神浦かみうら…だったような気がするが。

 なんて。俺が悩んでいると。彼女は俺に近寄ってくる。

 

「…荒木あらきくん?何でここに?」

「昼飯を食いに、な。鍵の件は内緒で頼む」俺は口止めから入る。鍵の件がバレたら、何らかのペナルティを喰らいかねない。

「別にいいよ。私も無断侵入している訳だし」

「んで?お前は何をしに来た訳さ?」俺は不思議に思う。

「…空を見に、かな?」何故疑問形なのか?

「アンニュイな気分になる事もあるよな、俺達ティーンエイジャーは」

「そそ。特に言葉に出来るような気分ではないけど。とにかく空を見たかったわけ」

「そんなら。好きなだけ見ていくがいいや…俺は最後の望みをかけて購買に行くわ」

「…?荒木くん、昼ご飯食べてないの?」

「いやあ。ここで食おうとした瞬間、天気雨に振られちって」

「そりゃ災難。私ので良いなら分けてあげよっか?購買のパン」

「ん?良いのか?」

「良いよ。買いすぎちゃったし」

「お言葉に甘えさせてもらうぜ」

「んじゃあ。私、教室にパン取りに行くから」そう言って。彼女、神浦は去っていって。

 

 俺は独り屋上に残る。天気雨は会話をしている内に止んだ。

 神浦…学校に入ってから初めて喋った。

 そも。俺は教室では饒舌なタイプではない。そして神浦もまた。

 彼女はメガネをかけた優等生タイプで。俺のような学校の底辺とは接点がない。

 そんな彼女が何故屋上なんて場所をおとなうたのか?それは想像がつかない。

 いわく空を見つめたかった、だが。空を見つめたければ教室の窓がある。

 要するに。何かが不自然なのである。小さな引っかかりだが。引っかかりがあること自体が違和感だ。

 …んまあ。こんな事、俺が気にしてやる必要もないのかも知れないな―

 なんて。考えて居る内に神浦は戻ってきた。手にはパンが2つ。

 メロンパンとコッペパン。

「どっちが良い?コッペパンの中身は小倉バターね」

「メロンパンで頼む」

「はい」と神浦はパンを渡す。

「サンキュ、ええと金は…」俺はポケットの財布を取り出して。

「良いよ、ここは私のおごり」

「そりゃ悪い。変な借りが出来ちまう」

「ここの鍵、開けておいてくれたのは荒木君でしょ?そのお礼」

「…ちょっとしたおイタだったが、パンに化けたか」

「さ、召し上がれ」

「いただきます」俺は立ったままパンを貪る。その隣で神浦もパンを食べている。

 

「ごっそさん」俺はあっという間にメロンパンを貪り終える。腹の減った男子高校生の食欲を舐めて頂きたくない。

「お粗末様でした」なんて返事をする彼女。まるで彼女に飯を作ってもらったみたいだ。

「…俺はそろそろ便所に行くが。お前は残るのか、神浦?」

「そうだねえ。せっかくの屋上だし。休み時間が終わるまで残っていく」

「そうかい。んじゃあ。あまり顔を出さないようにな。バレたら面倒くさい。後はドアを閉めて置くこと。開けっぱにしておくと鍵が掛かってないのがバレる」

「了解、んじゃあ、また教室でね、荒木くん」

「ん。じゃあな」 


 こうして。俺と神浦は喋るようになったのだ。

 

                  ◆

 

 それからも。俺は屋上に無断侵入をかましている。

 これも神聖な昼飯の時間の為である。

 だが。その独りの神聖な昼飯の時間は。神浦に邪魔されるようになってしまったのだ。

 ま、仕方のない話だが。少し面倒な事には変わりはない。

 俺は今日の昼飯、母ちゃん特製の弁当を貪っている。眼の前には購買のパンを貪る神浦。パンを3つも買ってやがる。中々の食欲である。

「荒木くんの弁当、美味しそうだねえ」なんて神浦は言う。

「母ちゃんが聞いたら喜ぶな」俺は母ちゃんに昼飯の感想を言う事はない。

「良いなあ…ベーコンのアスパラ巻き美味しそうだなあ」

「…食う?あと一つ余ってる」

「いいの?」

「食え食え…屋上の口止め料だ」俺はベーコンのアスパラ巻きを神浦に恵んでやる。

「そんなの良いよ、私だって屋上を楽しんで…んぐ。美味しいねえ」

「しかし。神浦が校則を破るタイプだとは思わなんだ」

「…んぐんぐ。私だってそう真面目なタイプじゃないよ」ベーコンのアスパラ巻きを頬張りながら神浦は言う。

「そうかあ?一応は優等生じゃん。俺と違って」

「勉強はそりゃ頑張るさ、進学があるからね」

「しかし。校則なんて知ったことじゃないってか?」

「推薦とか内部進学とか狙ってないからね」ウチの学校は。私立の大学の付属校である。

「勿体ない。神浦くらい成績がよかったら…素行さえ良くしときゃ大学入試をサボれる」

「私は。自分で行きたい大学を選ぶから」

「目標があるのは良いことだぜ」俺は思う。俺なんて目標がなくて。その上素行も悪い。要するに。落ちこぼれなのだ。この高校に進学できたのも奇跡に近い。

「荒木くんも目標、持ったら?」

「…大学に行くのは良い。その先が想像出来なくてイマイチ進路に真剣になれん」

「そんなの。みんなそうだよ。大学行って遊ぶことしか考えてないよ」

「そんなモノなのか?」俺はその辺の事情に疎い。クラスメイトと喋る事がないからだ。

「だから。頑張ろうよ。何なら勉強教えるよ」

「…それは面倒くさい。悪いし」

「自分の復習のついで。人に教えるのはいい勉強になるんだ」

「んじゃあ…試験前にはお世話になろうかね。赤点を免れる為に」

「そんな。赤点じゃなくて。高得点狙っていこうよ」

「それはいいや。好成績に興味はない。大学入試を突破できる程度で良い」

「…ま、いっか。じゃその内教えるよ」

「お世話になります」

 

 こんな風に。俺と神浦は会話を重ねていく。

 その内、俺と神浦は友達のような関係になる。

 勉強だって見てもらうようになった。

 お陰で俺の悲惨な成績はみるみる内に向上していった。

 神浦は勉強を教えるのが巧い。要点を抑えた説明が出来るクチなのだ。

 

「お前は先生にでもなった方が良いんじゃねーのか」俺はある日の屋上で言う。

「…先生ねえ。興味ないなあ」

「だが。お前は教えるのが巧い。俺のクソ成績をあっという間に向上させやがった」

「それはさ。荒木くんの地頭が良いからでしょうが」

「んな事はない。先生が良いから生徒は伸びるもんだ」

「私は生徒の才能だと思うけど」

「そんなモノ貰って産まれた覚えはないね」

「謙遜するなあ」

「謙遜してるのは神浦、お前の方だろうが」

「んー。んじゃあ。進路、教育学部にしようかなあ」

「神浦ならいい先生になれる」

「学校の先生って。生徒指導もあるのが面倒臭いんだよね」

「俺もお前も。人とは関わらないからなあ」俺も神浦も。必要最低限の人付き合いしかしない。それはお互い人見知りだからだ。

「面倒なんだよね。人と関わるの」

「俺と関わるのも面倒か?」

「それは別かな。荒木くんは昼飯仲間。ボッチで教室でご飯食べるのはしんどい」

「それは言えてるよなー」学校の教室は。群れたガキの集まりだ。あそこでは独りは目立つのだ。

「ここと荒木君に出会えたお陰で。私は学校生活しやすくなった」

「大げさだぜ?」

「大げさにもなるよ。教室での私、知ってるでしょ?」

「そりゃ同じクラスだからな」

「本当、女子は面倒くさいんだよ。無駄に群れたがる」

「群れてないと死ぬ生き物なのかね」

「じゃない?そして集団内で均質化してる…変わり者は弾かれる」

「…神浦は変わり者ではあるな」俺なんかと友達になる位だから。

「そう言う荒木くんも変わり者でしょうが」

「そこは否定できない」この私立の大学の付属校は案外に治安が良い。その中で治安が悪い感じなのは俺だけなのだ。とどのつまり、ヤンキー気味なのだ。

「私達は。アウトサイダーだねえ」

「だな。このクソ学校では浮いてる」

「お互い、静かに暮らそうね」

「…んだなあ」

 

                  ◆

 

 月日は知らぬ間に過ぎていくものである―

 と。誰かは言った…いや嘘だ。俺が言った。

 

 俺と神浦は。いくつもの季節を屋上で過ごし。

 あっという間に高校3年生になっており。

 今は大学受験に向けて、猛勉強中である。

 神聖な昼飯の時間も、神浦との受験対策の問答に使われる。

 全く。1年の頃から考えると、遠い所に来てしまった感がある。

 

「この調子なら。私と同じ大学に入れそうだ」神浦はひと問答終えると言う。

「お前に合わせるの中々大変なんだぜ?」何せ、コイツは国立大学の教育学部を狙っている。その上、国立の中でもトップクラスの大学に。俺は神浦と同じ大学の別の学部を受ける予定だ。曰く、同じ大学ならある程度入試問題が被るので対策がし易い。

「とか言う割には。着いてくるよね、荒木くんは」

「…先生が良いからだ。何度も言うが」

「…生徒の才能。何度でも言うけど」

「これは。答えの出ない議論になりそうだ」

「後は。荒木くんが結果を出すだけだね」

「お前は余裕あるよなあ。人の勉強の面倒見てても模試A判定だもんな」

「それは荒木くんに教えてるのが効いてる。復習をしつつ前に進む。効率も良くなるよ」

「神浦、お前は凄いヤツだ」

「何よ。急に褒めだして」

「たまには媚でも売っておこうかと」

「媚を売ったって。今日の課題は減らさないよ」

「この鬼教官め」

「はっはっは」

 

 こうして。俺の受験勉強は過ぎていく。

 

                  ◆

 

 桜の季節。

 俺はある国立大学のキャンパスに居る。不慣れなスーツを着て。

 その隣にはやはりというか神浦が居て。

 俺とコイツは同じ大学に受かってしまったのだ。奇跡的に。

 俺はこれを不思議に思う。中々ギリギリの戦いであった。俺は滑り止めの私立にいく気で居たが。入試結果を見てみれば合格だったのである。

 

「いやあ。奇跡ってのは起きるものだ」俺は舞い散る桜を見ながら言う。

「奇跡じゃないよ。荒木くんの努力の結果」

「…頑張ってこれたのは、神浦、お前が居たからだ」

「…何?褒めてるの?」

「あのさあ」俺は切り出す。この3年間温めていた想いを。「俺、お前の事が好きだわ」

「わお。生徒に告られた」神浦は驚いている。

「先生に惚れる…高校生にはありがちな恋で恥ずかしいが。大学に受かったんだ。この際だから言わせてもらう」

「ありがとう…私も。君と同じ気持ちだよ」神浦は顔を真っ赤にして応える。

「そりゃ意外」

「意外って何よ」

「俺みたいなのはタイプじゃないかと」

「単純接触効果ってやつかな。君と何度もお昼を食べてる内に。君に惹かれるようになってた。理由は説明出来ないけど」

「恋とは。往々にしてそのようなモノさ」

「言うねえ」


 俺と神浦は。

 大学の入学式を何となくやり過ごし。

 入学式が終わった後は。スーツを着たまま街に繰り出した。

 初めてのデート。それがスーツ着用とは笑える。

 だが。その日は俺の思い出の1日になった。

 

                  ◆

 

 恋という下心が愛に変わる時、それは相手の心を知った時である―

 と。誰かは言った…いや嘘だ。俺が言った。

 

 あの大学の入学式の告白から4年が経つ。

 相変わらず俺と神浦は付き合っている。

 それどころか。神浦は俺一人暮らしの家に入り浸り。半同棲状態である。

 

 神浦という女は。

 謎が多い。それが付き合っている俺の感想である。

 半同棲をしていようが。神浦の心の全てを知れるわけではなかった。

 アイツは何処か影のある女である。

 別に神浦が病んでいる…という訳じゃない。神浦は外見そとみでは楽しそうに大学生活を送っている。だが。日常のふとした瞬間に。暗くてよく分からない顔をする事がある。

 俺は。それが引っかかっている。

 アイツの心の全てを。出来るなら理解してやりたい、というのが彼氏としての心理である。

 だが。俺は。神浦を問いただせずにいる。

 それをしたら。何かが変わってしまって。今の関係が終わってしまうような気がするのだ。

 

 俺は晩飯を作りながら。そんな事を考えていた。

 そう。今や。昼飯を共に過ごすには飽き足らず、全ての飯を共にしている。

 そして。俺は神浦に徹底的に自炊を仕込まれた。

 曰く。「自炊は体という自己資本を高める行為である。怠ってはならない」

 お陰様で。俺はちょっとした料理上手になってきてしまっている。

 今日の献立は純和食。鯖の味噌煮、おすまし、ほうれん草のおひたし。

 神浦は。今日も塾の講師のバイトに出ていて。俺より帰りが遅い。

 

 俺は飯を作り終えると。台所の換気扇の下で煙草を吸う。

 そして神浦の事を考える。

 最近のアイツは。教育実習に向けててんやわんや。そして俺は就職活動にてんやわんや。

 ま。俺は最近、機械メーカーの営業職に受かったけどな。

 そろそろ。俺と神浦は社会人になる。

 それを考えると微妙な気分になる。

 今でも半同棲をしつつも、接点が減りつつある。

 就職してしまえば。接点はゼロに近くなるだろう。

 それまでに。神浦の偶に見せるあの表情の謎を解いてしまいたい。

 それはパンドラの箱である可能性はある。

 それを開けば。俺と神浦の関係は変質し、修復不可能なモノになるかも知れない。

 だが。人は好奇心の塊であるし。愛とは相手を知ることにある。

 ああ、今日辺り問いただしてしまおうか。

 俺は煙草を根本まで吸って。それを灰皿に押し付ける。

 

「ただいま。恭司きょうじ」恭司とは。俺の名前である。

「おかえり。みさき」みさきとは神浦の名前である。

 

 俺とみさきは。

 食卓を囲む。みさきはバイト先での苦労話をする。それに俺は相槌を打ちながらも。話を切り出すチャンスを伺っていた。

 

「あのさ。みさき?」俺は晩飯を食い終えると言う。

「何?なんかあったっけ?」

「いやあ。話をしようぜ。じっくりと」

「…何かある訳ね?ま、晩酌でもしながら話そうか」

 

 俺は冷蔵庫から適当な酒を出してきて。

 そのついでに適当にツマミを作る。おすましで使った大根の葉を砂糖、塩、醤油、ラー油でナムル風に。

 

「んで?どーした恭司?」大根の葉のナムルを食いつつ、酒を呑むみさきは言う。

「…ううんと。別に大した話じゃないんだが」

「何?」

「ええと。特別な話じゃないんだが」

「何?就職後が心配?」

「いや。それもあるが。みさき、お前の話だ」

「私ぃ?教育実習がめんどくさいなあ、って思うけど。それ以外は健全な大学生ですよ?」

「お前はついに先生になるんだなあ」

「恭司、君が言い出した事でしょうが」

「それはそうだなあ」なんて俺は相槌を打ち、話を切り替えるチャンスを伺う。

「ま、最近は先生やるのも悪くないかなって思うよ、人に教えるのは楽しい」

「そりゃ良かった」

「…話の本題はここには無さそう」みさきは。酒を傾けつつ言う。だから。俺は酒をあおった後で。こう切り出す。

「お前、時々、物凄い暗い顔をするよな?」と。

「…んまあ。これだけ一緒に暮らしてるんだ。バレるよねえ」

「だな。いくら鈍感な俺でも、気付いちまう」

 

「…私さ」みさきは切り出す。「偶に死んじゃいたくなる時があって」

 

「…お前が?」

「うん。昔からそうなんだよね」

「そんな素振り。見せた事なかったろ?」

「そりゃ。恭司君の眼の前では頑張っているもの」

「無理、させてるんだな?」

「いやいや。そうじゃない。恭司くんと居る時の私はハッピーだよ?」

「…でも。死が頭をぎる事がある」

「そ。ま、人間、タナトスに触れてみたくなる時はあるじゃない?」

「程度によるかな」俺だってしょうもない失敗をした時は死にたくなる。

「私のはね…うん。昔話になるけど。お姉ちゃんがさ。自殺未遂をしてるんだよね。あの私達の母校の、私達が多くの時間を過ごした場所で」

「あそこが閉鎖されていた理由は。お前の姉ちゃんだったのか…なあ、姉ちゃんは生きているのか?」俺はみさきの姉の事を初めて知った。みさきは家族の事を話さなかったのだ。

「生きてるよ。まあ、精神病院の閉鎖病棟に居るけどね」

 

「お前は…俺と初めて出会ったあの日。何をしに屋上に来ていたんだ?」

「ん。自殺の下見」なんて軽く言うみさき。その顔には曇りはない。

「下見って…閉鎖されてる事は知ってただろ?」

「鍵が閉まってたら。ぶち壊そうかと思ってた。だけど。恭司君がピッキングで開けてた」

「なんと言うか。俺はお前の邪魔をしちまったのか?」

「邪魔だなんて…むしろ恭司くんに命を救われたと言っても良いかな」

「自殺への想いを高めに来たら。俺が居た」

「そ。ちなみに。特に理由がある自殺じゃないよ。何となく死にたくなって。屋上に行ってみただけ」

「お前は。今でも死にたいか?」

「偶に頭を過ぎる事があるけど。恭司くんの顔を見る度にアホらしくなる」

「そりゃ。良かった…」

「今まで。黙っててゴメンね。わざわざ言うような事じゃないと思って」

「いいや。さっさと相談してくれた方がスッキリしたかもな」

「そう言ってくれる恭司くんが彼氏で良かった」

「愛とは。相手を知り、受け入れる事である」

「いきなり何さ」

「いや。これで。やっとみさきを知れたなって」

「今までは知らないで同棲してた訳だ」

「そりゃ恋という下心…みさきを知りたいという心があったから」

 

                  ◆

 

 結婚とは人生の墓場である―

 何処かのイギリス人が言った言葉らしい。だが。俺はそれに賛成出来ない。

 

 あのみさきとの問答から3年。

 相変わらず俺とみさきは半同棲中。社会人になってからも俺達の関係も生活も変わらなかった。

 ま、仕事は忙しいけどな。

 だが。家に帰れば相棒がおり。社会の荒波を共に戦っている。

 

 みさきは社会人になってからも。俺より帰りが遅い。

 教員というのは中々にブラックな職場である。

 俺はみさきを待ちながら晩飯を作るのが人生の一部になっちまった。

 今日は洋食。アジフライにコンソメスープ。

 

「ただいま。恭司」

「おかえり。みさき」

 

 何時もの光景。だが。今日はちょっとしたイベントを起こす。

 俺の服のポケットの中には。給与うんヶ月分の指輪が仕込まれており。

 

「…恭司君。今日も話があるんだね?」

「バレた?」

「そりゃ。何年の付き合いになるのさ?」

「高1だから…もう10年近いか」時というのはあっという間に過ぎるモノである。

「君は。今日、重大な発表をするつもりだね?」

「みさき。お前には敵わん」

「で?発表とは?」

「…そろそろ。身を固めても良いかな、と」

「ま、妥当な時期ではあるよねえ」

「それ。承諾してるのか?」

「あのさあ。今更、私が恭司くんの告白を受け入れない訳ないじゃん」

「…万が一って話もある」

「君は私の命の恩人で。大切な彼氏だよ?」

「そう言ってくれるのは嬉しい」


 こうして。天気雨の屋上から始まった恋、愛は。

 結婚というカタチを取ることになった。

 いやあ。思えば遠くに来たモノである。

 だが。これは運命だったのかも知れない。

 だから。最後に俺の言葉でこの物語を締めよう。

 

 運命とは。天から降って来るものである。受け入れるのは君次第だが―

 と。俺が言った。


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『天気雨の屋上から始まった恋、愛―神浦さんと荒木くん―』 小田舵木 @odakajiki

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