第10話 「望まぬ結果」
「おはよ、ソラ」
登校時間になり玄関を出ると、そこには満面の笑顔のユリが待っていた。
朝日に照らされた彼女を一目見れば、その美しさに心を惹かれてしまうだろう。
普通の人はね。
だけど俺の場合は、そうでもしないとならない理由があった。
口が裂けても言えない理由が。
「おはようユリ、今日も可愛いね」
「ふふ、そう思うなら額にキスして?」
「……ああ勿論だ」
額をつきだしながら要求してくるので仕方がなく、言われた通りに軽めにキスをする。
これでは幼馴染というより恋人関係だ。
こちらは、好きでやっているのではない。
不本意なのだ。
先日、アヤメとのお出掛け帰り、ユリに待ち伏せをされてアヤメとの関係がバレてしまったのだ。
些細なことであろうと俺が他の女子と接点を持つとユリはそれを猛烈に嫌がる。
それはまるで玩具を奪われた子供のように喚きちらかすため、今まで避けていたがアヤメと関われば関わるほど、それが出来なくなっていた。
それが原因でアヤメとの接点を知られてしまったのだ。
アヤメに待っているのはクラスでの精神的で肉体的な虐め。
そうなって欲しくない俺はユリに頭を下げて、彼女のどんな願いも聞き入れることを条件にアヤメに危害を加えないよう頼んだ。
するとユリは崩れた笑みを浮かべながら言っのだ。
『じゃあ私を好きになって! 私だけを見て! 私だけの物になって! そうしたら阿澄に手はださない、約束するよ』
果てのない契り。
足場の崩れやすい道ですら目を向けず、ただ幸せを求めて進んだ結果、案の定道は崩れてしまった。
本当に滑稽な話だ。
俺のせいだ、ユリを知っている気でいたからこそ出来た隙なんだ。
俺はアイツが嫌いだ。
夢を破き捨て、思想を否定するアイツが一番嫌いなんだ。
放課後の教室はいつもより埃くさいような気がした。
夢中になるものができたからかもしれない。
けど俺はもう、あの音楽室には戻ることができない。
ユリが命令する限り、俺は彼女と喋ることが一生できないんだ。
「おいユリ、お前もカラオケこいよ」
ユリと帰ろうとしたその時、グラスの陽キャグループに呼び止められた。
いつも通り俺は空気を演じてみせるが、ユリの次の一言によって俺の役割が揺るがされてしまう。
「いいけど〜、それならソラも連れてっていい?」
会話したことのない男を連れて行きたいと言われても陽キャ達にとって迷惑な話だ。
現に、その仲間の一人の女子が迷惑そうな顔を向けてきていた。
大半が「お前誰?」状態だ。
「あのさ、ユリ……俺は別にいいから友達と行ってこいよ。お邪魔みたいだしさ……俺」
空気を読み、そう言うが密かにユリの表情が変わるのが見えた。
他の連中が見えない角度で俺に見せていたのだ。
どこまでも飲み込まれそうな瞳、それが何を意味するかすぐに理解する。
「ソラくんが可哀想だよ? ね、参加したいよね?」
あの瞳には逆らうことはできない。
彼女の望みを叶えるため、恐る恐る口を開く。
「ご、ごめん。やっぱ俺も混ぜてくれないかな……君たちが良ければだけど」
「ほらほら、彼もこう言ってるんだしさ!」
いつものように腕を抱かれ、周囲が怪訝な表情をする。
人前でベタつく行為は万死に値するが、なによりも学校一の人気者であるユリに抱かれている男が俺でいいのか? という反感が多いだろう。
ユリはこれでいいのだろう。
だけど俺は良くない、周りも良く思わない。
これをメリットと思うのは彼女だけだろう。
何故かって?
自己中だからだ。
「ユリが言うなら……仕方ねぇべ」
「多い方が楽しいしな……」
「それな」
皆、同調していたが困惑を隠しきれていなかった。
それを聞いてはしゃぐユリに腕を引かれ、嫌々そうな連中の元へと連れてかれる。
「あっ」
俯き、顔を合わせないアヤメとすれ違った。
反射的に声をかけそうになり、それをすぐに察したユリに腕を強く握られる。
潰れそうで痛かったが、声を抑える。
「あの子に話かけたら……終わりね」
ユリに顔を近づけられ、悪魔のような笑みで告げられた言葉に背筋がゾクリと震える。
夕方の自宅。
空の部屋を掃除をしていた母親がゴミ箱を見て「あら」と声を漏らした。
それもそうだろう。
まだ新品の購入したばかりの漫画道具が捨てられていたのだからだ。
インクは満タン、ペン先がまだ使われておらず袋に入れられたまま、原稿用紙も真っ白だ。
母親はそれを妙に思いながら全て回収するのだった。
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