HA█NA SHIMIZU

Istnichtそだwahrろう……!?」

 エリアスが指を差すのは、コンビニの一番小さい缶ビールだ。有り得ない、と言わんばかりに見つめてくる。

「いいじゃない、小さいので。私、明日も仕事だし」

Neeeein嫌だぁ!!」

 断固拒否の姿勢で、カゴに一番大きなビールを並べていく。まあ、彼の懐事情について考えても仕方ないか。それに、すぐ隣でそんなにビールの缶を並べられてしまえば、私だって我慢できない。小さい缶を棚に戻し、大きい缶を取る。すっかり、ビールに慣れてしまったのは彼のせいということにしておこう。

 コンビニの外は真っ暗、そして土砂降りだった。スマホを見れば、時間は二十二時。目的の青い軽自動車は目の前だ。そういえば、と思い出すのは、数年前、貯めたお給料を奮発して買ったときのこと。自分の車を持つと乗り回したくなる、と言った叔父の気持ちが分かったような気がする。

 鞄から車のキーを取り出し、エリアスに向かって頷く。スーツが濡れる覚悟はもうできている。私たちは車に向かって走り出した。

「エリアス、もう開けているの? あと少しで家着くよ?」

 左隣に目線だけを向ければ、缶のタブに指を掛けているところだった。空き缶が二つ増えていることから、おそらく三杯目。

「すまない、我慢ができなかった!」

 エリアスがにっこり笑う。最近よく笑うようになってきたなとは思っていたけれど、これはダメだ。酔ってやがる。そんなことを思ってはいるけれど、私の顔は笑っていた。


 古いアパートの階段を上り、やっと我が家にたどり着く。ただいま、と中に人がいるわけでもないのに呟く。すぐにでも鞄を投げ出してしまいたいところだが、ここは我慢。

Aua痛っ!」

 その声に後ろを振り返れば、頭を押さえるエリアスがいた。ドアの上部に頭をぶつけたのはこれで何度目だろう。

「また背が伸びたんじゃないの」

「いいや、もう止まった。俺はこれからムキムキになる」

 気合十分、といったとこではあるが、ちょっと難しいのではないかと思う。クラウスの若いころの写真を見てからずっと言っているのだが、そう言い始めてから何年が経ったと思っているのか。


「なあ、花。これって」

 エリアスはテーブルの上に買ってきたビールとおつまみを並べながら、置きっぱなしになっていたビニール袋を見ていた。

「何って。嫌がらせよ、嫌がらせ。私、根に持つタイプだから。それはもう、しつこいの」

 冗談交じりにそう言いながら、ビニール袋の中から取り出したのは赤いゼラニウムだ。

「懐かしいな、その花。……それで、俺はあのとき結構、酷いことを言ったし、やったわけだが、それも根に持っているわけだ。身勝手なヤツだと」

 エリアスはそう言ってから、椅子に座ると缶ビールを一気に煽る。気持ちいい飲み方だ。私も彼の正面に座り、並べられた缶の一つに手を伸ばした。

「ううん、別に。あのときは、意味の分からない痣さえなければ、永遠にあそこにいるのもアリだと思っていたしね」

 こんなの、素面しらふで言えるか! と、缶のタブを引く。

「は? そんなこと聞いてないんだが」

 エリアスの目が点になっている。珍しい表情に楽しくなってきてしまって、くすくすと笑ってしまう。

「あのねえ。あなた、あのときそれを言っても信じなかったでしょう?」

 ああ、いや、でも、と言葉を繰り返すエリアスを横目で見ながら、今度は焼き鳥に手を伸ばす。それに気が付いた彼が皿ごとこちらに動かしてくれたので、簡単に串へ手が届いた。

 それに、酷いことを言ったのも身勝手なのもお互い様でしょうに。私は彼が何か言うたび、どう言い返してあげようかと考えていたわけだし。そして、私はどうしても忘れられない初恋を叶えるために、彼の意見も聞かずに連れ出した。そう考えて、「初恋」だなんて爽やかなものじゃなかったな、とその語感に違和感を持つ。そうそう、もう少し、いや大分、面倒くさくてしつこい感じなのだ。

 エリアスはコンビニのソーセージを大真面目に採点し、批評していた。笑顔でおつまみを頬張り、あれはどうだ、これはどうだ、と次々に差し出してくる彼を見ながら思う。彼の笑顔に一目ぼれしてわざわざその絵の前で泣いていた六歳のころの自分に言ってやりたい。今の彼の方が幸せそうだぞ、と。


 私はゆるやかに微笑んで、赤い花びらをつついた。

「まるで夢みたいね。目が覚めなければいいのに」

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Mainzの青年 / 花都 一蕗 作 名古屋市立大学文藝部 @NCUbungei

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