九話 小田原紫織 『見えてしまったもの』
―――
今回の話はね、アタシが実際に体験した怪談だよ。
……って言っても、アタシがなにかを見たりしたわけじゃあないんだ。
正確には、アタシの同級生……。一年前に同じクラスだった女の子の体験した、怖い話なんだ。
それじゃ、早速始めようか。
アタシが一年生だった頃の同級生……
彼女が体験した『見えてしまったもの』について。
―――
この学校に入って、涼子ちゃんとは同じクラスの一年生になったの。
男子、女子二十人くらい……全部で四十人のクラスだったから、必然的に女子同士は仲良しのグループができていってね。
そんな中に、佐伯涼子ちゃんもいたってわけ。
彼女は、クラスですぐに頭角を現し始めたの。特に女子からの人気が上がっていって、すぐにクラスの人気者になったわ。
うーん……と。本人がいないから少し詳しく話しちゃうけどね、別に特段可愛い子ってわけでもなかったの。学校によくいるアイドルみたいに可愛い女の子とか、芸能人みたいな美人、ってわけでもなくてさ。
あくまで、どこにでもいる普通の女子学生って感じの女の子なんだけれど……彼女がクラスで騒がれるのには、とある理由があったんだ。
……涼子ちゃんね、『幽霊が見える』って周りに常に言っていたの。
わたしには幽霊が見える。だから、これから起きる悪いことが見えてしまう。幽霊が引き起こす霊障や事件が、事前に見えてしまうんだ……だって。
普通は、誰も耳を貸さないような胡散臭い話だよね。
でも彼女は真っ直ぐな声で、あまりにも自信満々にこんな事を話していたの。
だから、幽霊が見えるっていうのを信じていなくても、彼女に将来の行く末を占ってもらったり、お勧めの神社やお寺を紹介してもらう生徒はいたわ。
彼女、そういうオカルト系の話に強くてね。
確かに涼子ちゃんの紹介するパワースポットとかは有名どころが多くて人気の場所だったし、心理学なんかにも強くて占いの的中率も良かった。
要するに、アンテナをしっかり張っているタイプの子だったんだよね。だからこそ『幽霊が見える』って話にもなんだか真実味が出てきて本当に見えているんじゃないか……っていう噂が出てきた。
そして段々と噂は信憑性に変わって、彼女の人気に繋がっていった……ってわけ。
でも……キミはそんな事を言う友達を、信じられる?幽霊が見える、なんて真顔で話す生徒をさ。
涼子ちゃん、朝、教室に入ってくるなり顔をしかめてこんな事を言うんだよ。
「うわあ、今日はまた色々な幽霊が入ってきてるわねえ」
キョロキョロと誰もいない教室の隅なんかを見たり、手元にある塩なんかを自分の周りに振ったりしてさ。
そんな光景を見たら誰だって不気味に思うし、不安になるじゃん。自分の目に見えないものが、自分の隣の席に座っていたり、自分の後ろに立っていたり……なんて、よからぬ想像をかき立てられてしまう。
「ね、ねえ涼子ちゃん……。私、どうすればいいかな?」
「んー……今日は学校、休んだほうがいいかもねー。体調が悪いって言って、保健室で休ませてもらえば?」
そうしてクラスの何人かは、本当に早退をしたり保健室に行ったりしてしまったの。
……まあ、自分の教室に幽霊がいる、なんて言われたんだもの。気持ちは分かるけれど……ちょっと涼子ちゃんの事を過信している節はあるよね。
でも涼子ちゃんはそんな事は気にせず、化粧をしたりお菓子を食べたりしてのんびりと学校生活を過ごしていたわ。自分が言った事で何人ものクラスメイトが教室からその日、退室しちゃったのにね。
だから……アタシ、我慢できずに聞いちゃったの。
休み時間、仲の良い女子と机を囲んでお弁当を食べている涼子ちゃんの所へ行ってね。
「ねえ涼子ちゃん……本当に、幽霊が見えるの?」
彼女は驚いたように目を見開いた。
「どうしたの、紫織ちゃん。心配になっちゃった?」
「……うん。もし本当に見えているのなら、アタシ、どうすればいいのかなって……」
「あはは、紫織ちゃんは大丈夫だよ。幽霊近くにいないし、感じてないから危害も加えないはずだよ」
涼子ちゃんは明るくそう言った。
……けれどもアタシは、尚も疑ってかかった。彼女がもし嘘をついていたのなら……そんな嘘にのせられて翻弄されている友達が、可哀想だったから。
「ねえ、涼子ちゃん。……幽霊、本当に見えているの?」
「なに、紫織ちゃん。疑ってるの?」
「……うん。だって今まで、クラスでなにか悪いことが起きたり、幽霊が見えたりしたこと、ないから。涼子ちゃんがそう言っているだけで、周りには何も起きていないんだよ」
「わたしが食い止めてるんだよ。感謝してほしいくらいなんだけれど……まさかそんな風に言われるなんて、心外だなー」
涼子ちゃんは微笑んではいたけれど、その目は冷たくアタシを睨み付けているみたいだったよ。
当然だよね。クラスの大半は彼女の霊能力を信じていたのに、そこに疑ってかかるアタシみたいなヤツがいるんだもの。邪魔でしかなかったんだと思うよ。
……まあ、そんな事があってさ。
クラスでも涼子ちゃんとアタシは距離を置くようになったの。
別に涼子ちゃんのグループにイジメられるような事はなかったけどさ、完全に無視というか……クラスメイトだからどうしても連絡事項とか話す時があるんだけど、彼女やその友達は徹底的にアタシに対して言葉をかけないようにしていたわ。
多分、涼子ちゃんの方から御触れがあったんじゃないかな。小田原紫織と話すと呪われるとか、幽霊に取り憑かれやすくなるとか……あははは。バカバカしい。
アタシはアタシで別グループの仲いい子とかと気ままに過ごしてたり、部活に集中してたから、泣きたくなるほど嫌な状況ってわけじゃなかったよ。あっちはあっちで、勝手にやっててって感じでさ。
……でも、彼女達の行動がエスカレートしていくのは傍から見ていても分かった。
涼子ちゃんが作った紙のお札を魔除けだと言って友達同士で買ったり、彼女に守護霊だかなんだかの霊視をしてもらうとか言って休み時間に涼子ちゃんの席のところに列が出来てたりしてさ。お金のやりとりもチラチラ見えてたよ。
涼子ちゃんが、悪霊が取り憑いている!なんて言われれば、言われた子は茫然自失って感じでその場に泣き崩れちゃってさ……。彼女が言う除霊方法なんてのを真剣な眼差しで涙を流しながら聞いていた。……なんていうか、教祖様、って感じだよね。
だから、涼子ちゃんの身につけているバッグとかアクセサリーとかも……段々とブランドものが増えていったんだよ。明らかにそれは、そういう霊感商法みたいな行為から発生しているお金のせいだったんだ。
アタシの斜め前の席だから、これ見よがしにアタシに高そうなバッグとか小物入れを見せつけてきている時もあったなあ……。アタシは興味ないからどうでもいいんだけど……まあ、いい気持ちはしないよね。
そんな状態が数ヶ月続いた、去年の……夏休み前くらいだったかな。
久しぶりに涼子ちゃんが、アタシに向かって声をかけてきたの。
その時はどうせなにか嫌味か自慢話でもされるのかと思っていたけれど……。
どうも、様子が変なの。
周りを気にして、自分のいつもの取り巻きがいないのを確認してから……誰にもバレないように、アタシにひそひそと話しかけてきたんだ。
その顔に、いつもの皮肉たっぷりの笑みはなかった。
どこか青ざめていて、目線は泳ぐように教室の隅々を見回していたんだ。
「……ねえ。今……誰かが、ワタシの後ろを通り過ぎなかった?」
「……え?……さあ……見なかったと、思うけど……」
斜め前の席だから、特段彼女を注視していなくても誰かが通り過ぎたのなら視界に入るはずだった。休み時間で、アタシもぼーっと黒板を見ながらジュース飲んでただけだったしね。
彼女はそれでもキョロキョロと周りを見回して、まるで誰かを探しているようだった。
「……本当?……絶対に、誰もいなかった?」
「う、うん……。どうしたの?急に……。ひょっとして幽霊でも見えた?」
「…………」
彼女はいつも見えていると言っていたから、アタシは場を和ませるようにそんな事を言ってみたけれど……その言葉で彼女の顔色が余計に悪くなっていくのが見てわかったわ。
それでも彼女は、そんな顔色のままでも無理矢理気丈な態度をとってみせていたわ。
「ま……まあね。いつも見えている事だけれど……今日はちょっと近くを通り過ぎたものだから、少し驚いていただけよ……」
そう言って彼女はアタシに背を向けてスマホをいじり始めたわ。……なにかから、気を紛らわせるようにね。だって涼子ちゃんの肩、細かく震えていたから。
それから、涼子ちゃんの様子はどんどんおかしくなっていったわ。
授業中に突然、悲鳴を上げて立ち上がったの。
「そ、そこ……ッ!!い……いやああああッ!!」
教室の角を指さして震える涼子ちゃんを、クラスの全員が注目したわ。
「どうした、佐伯。なにかあったのか?」
「み……見えないんですか!?そこに、そこに血だらけの男の子が……!!ああああああッ……!!」
「お、落ち着け、おい……。誰か、保健室に連れて行ってやってくれ」
授業をしていた先生が慌ててそう言って、何人かの取り巻きが彼女を教室の外へ肩を貸して連れ出していったのを覚えている。
しかも何度も、そんな事があったの。
授業中だろうが、休み時間だろうが、ホームルーム中なろうがお構いなしにさ。
血まみれの男の子だの、目がたくさんある怪物だの、何人もの黒い影だの……そのたびに涼子ちゃんはパニックになって叫んでいたっけ。
幽霊が見える、って本人は言っていたから……まあ、何人かの生徒は理解を示していたよ。見えちゃうのが可哀想だって。
でも、以前までの涼子ちゃんとは明らかに様子が違うっていうのは分かるよね。
幽霊が見える、って高飛車に宣言して周りの生徒達を従えるようにしていた以前の彼女とは明らかに違う、なにかに怯えて常に周りを警戒するようにビクビクと見回す佐伯涼子……。
たまに怯える、程度からほとんど毎日……常になにかに恐怖を感じるようになっていったわ。
そしてある日、事件は起きたの。
「もう嫌!!もういやあああああッ!!」
夏休み間近の夕暮れ。
夕日が差し込む薄暗い廊下。帰路につく生徒達の明るい声に混じり、彼女の……涼子ちゃんの絶叫が聞こえたの。
部活に向かう途中だったんだけどさ、アタシは聞き覚えのあるその声の元へ駆けていったの。
すると……。
廊下の隅で壁を背にして、目を閉じて両手で耳を塞ぎ、叫ぶ涼子ちゃん。
その周りには叫びを聞いて集まった何人もの野次馬と、心配して駆け寄っている彼女の取り巻きがいたわ。
アタシも近づこうとしたんだけれど……無理だった。取り巻きの女子達が必死に肩をおさえていても、彼女はその手を振りほどいて発狂しているの。
「もう嫌あああ!!見たくない!!もう見たくない!!なにも見たくないいいいいいいッ!!」
「り、涼子ちゃん、落ち着いて……」
「また幽霊が見えたの?ねえ、しっかりして!!」
友達の声も届かない様子の彼女。
涼子ちゃんはたまに目を開くと、廊下のあちこちに視線を張り巡らせていた。
なにかを追いかける視線。その度に叫び声をあげて震え上がり、身を縮こまらせる涼子ちゃんは……もう、誰にもどうにもできないくらいに、パニックになっていた。
「やだ、やだやだやだやだあああああッ!!こないで、こないでええええええッ!!いやあああああッ!!」
手を激しく振って、なにかに抵抗する彼女の目の前には…… なにもない空間があるだけだった。友人達はそんな彼女をただただ隣から呆然と見つめることしかできない。
でも涼子ちゃんには、なにかが見えている……そんな感じにしか、アタシには見えなかった。
視線は明らかになにかを見つめていて、それに怯え、叫び声をあげている姿は……とても演技には思えなかった。
そして、涼子ちゃんはね……。
「うあああああーッ……!!」
自分の、眼をね……引っ掻いちゃったのよ。
閉じている目じゃないよ。
見開かれた目を、そのまま自分の両手の爪で引っ掻いたの。まるで掻き毟るように……。
彼女は目から血を流しながら、周りの友人に手を引かれて急いで保健室へ連れていかれたわ。
その間もずっと、彼女の恐怖の叫び声は廊下中に響いていた……。
ほどなくして、救急車が学校に到着する音が聞こえたよ。
後に聞いた話だけど……幸い、涼子ちゃんの目は深い傷でもなく、視力にも影響はなかったって。
でもさ……すごいよね。自分の開いている瞳に向けて自分の爪を立てるなんて、さ。普通じゃ出来ない行動だと思うよ。
……それほどまでに、彼女を追い詰める『なにか』がいたんだろうね。
そして佐伯涼子は、それを見て……見続けてしまって、精神を壊してしまった……。
―――
キミはさ、涼子ちゃんに……いわゆる、霊感、ってヤツがあったと思う?
アタシは、涼子ちゃんは最初から本当に幽霊を視る力があったんだと思う。
ただそれはきっと薄ぼんやりと見えていたり、些細な不思議なものを感じる程度の、弱い霊感だったんだと思うよ。
けれど彼女はその力を、自分の承認欲求の道具にしてしまった。
自分は特別なんだ。こんな力を持っている私は、人の上に立つべきなんだ。……なんて。
だから、その霊感を誇張して表現しちゃっていたんだと思うよ。幽霊がいるかも、が、幽霊がいる、っていう風にさ。
そこを、亡霊達に気付かれちゃったんじゃないかな。
普段人間に見てもらえない者達の前に現れた、自分達が見えると言いふらす人間……。
見て欲しい、気付いて欲しいと願う亡霊達が、涼子ちゃんの周りに次第に集まり始めて……涼子ちゃんの霊感が、どんどん強くなっていっちゃった。……そんな風にアタシは思っているよ。
自分の力以上の事象に、首を突っ込むべきじゃないね。人間、素直にのんびりと生きているのが一番だと思うよ。
自分が一番偉い、自分が特別だなんて、思わないほうがさ。
……これで、アタシの話はおしまい。
涼子ちゃん?
……しばらく不登校になっているよ。噂じゃ、どこかに引っ越すかもなんて話も聞いてる。
まあ、無理もないよね。
でももし、また会えたら……励ますくらいは、してあげたいかな。
それじゃあね。
―――
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