何か刺さってますよ?

なにものでもない。

第1話 見てみたらどんなにもありがたい。

東京の私立大学に通う、長谷川学(21)は昼からの講義の為に山手線の中にいた。

耳にはワイヤレスイヤホンをつけてボカロ曲を聴いていた。彼は立っていたがもともと混む時間である。ある程度の隙間はあるが電車内は密が高い。

空はいい天気、女子高生のおしゃべりやサラリーマンの携帯での会話等、色々聞こえてくる。


ふと、隣の車両から来た初老の男性の額に何かが見えた。金槌が刺さっているのだ。

ぎょっとして、学はイヤホンを外して話しかけた。

「あの、おじさん。額に何か刺さってますよ?」

初老の男性は不思議そうに学を見た。

「若いの、何を言ってるの?私は元気だよ。お、駅だ。勉強しすぎじゃないかね?」

男性は降りていった。そしたらホームに降りたとたん、初老の男性は倒れた。


学は慌てて自分はこの駅で降りるわけではないが降りて男性のもとへ駆けつけた。周囲には人だかりができていて、若い女性が首元と脈をとっていた。

「私は看護士です。誰か救急車を!」

彼女は人工呼吸をして必死に心臓マッサージをした。だが、男性の意識は戻らなかった。彼女は救急隊員が来るまで頑張ったが、

「君、看護士ならわかるだろ。もう任せて、ほら道を空けて!」

救急隊員は男性を担架に乗せて駅の外へ連れて行った。すぐに走り出す救急車。

女性は疲れた様子で初老の男性が倒れていた地面を見ていた。周囲の環境はもう元に戻った。都会ではタフでなければ生きていけない。

学は何もできなかった。でも、なんで?自分は何が見えたのだと思った。

女性は学を見て声をかけてきた。

「あなた、あの男性に最後に声かけたのね。ってことは見えたのね?」

え?と学は動揺した。

「あたしは麻生清子、すぐ近くの大学病院に勤めているわ。あたしは5年前から見えていた。でも、東京に来てからはあまり気にしなくなったわ。」

学は話が分からない。

「無理もないわ。初めての頃は誰しも混乱するからね。」

清子はシステム手帳を取り出してメモを取った。

「これ、あたしの連絡先。ラインだけね。それ以上はお互い知らないほうがいい。じゃああたしは勤務だから。」

彼女は駅を出て去っていった。

学は渡されたメモを手にしたまま立ち尽くした。彼もふと気づく、時間がない、山手線はすぐに来るのでさっと乗って、大学へ向かった。


講義を終えて、電車で帰路につく学、昼間のことが気になって講義はほぼ頭に入らなかった。


1Kのアパートに帰って、メモを取り出してみる。

「連絡して見るか、でも、看護士さんは忙しそうだけどなあ。」

一応ライン登録してメッセージを送る。文言は、

「見えるってどういうことですか?僕の名は長谷川学です。」

と。

すぐには既読にならない。

学は昨晩に作っておいたカレーに火をかけて、冷たくなった炊飯器のご飯をカレー皿に移してレンジで温めた。レンジが音を出すのとラインの音が鳴るのが一緒だった。

学はスマホを見た。

「明日 渋谷ハチ公前 夜八時。赤いスカーフ。」

とだけあった。明日はバイトは夕方四時までだ。行ってみようと思いそれからは特に考えずに学はスマホのソシャゲをしたり、シャワーを浴びたりして寝た。


バイトは近所のコンビニの店員。午前十時に入って四時まで、一昨日店長から頼まれて結構な微妙な時間にシフトに入った。バイト前に店の奥で期限切れ前のおにぎりを三つ食べた。どこもコンビニはこんなものである。


そつなく仕事をこなしてシフトが終わった。このコンビニで彼はもう三年も働いていて、店長からの信頼も厚い。上京してからすぐに始めて、仲の良い仲間もいる。

最近は外国人技能実習生や留学生が多いから刺激が多く、それを楽しむ余裕が学にはあった。


シフト交代の際に、留学生の金君から、

「長谷川さん、何か緊張してますね?街コン?それとも出会い系?」

金君は学より一つ下の年齢で東大に通っている。物凄く大金持ちの家の子らしいが両親が日本好きで日本を勉強しなさいと彼にバイトを進めてコンビニでバイトをしているのだ。

「いやあ、何と言ったらいいか、まあ似たようなものだよ。それじゃ忙しい時間を頑張って。」

学はタイムカードを押して、制服を脱いで外で一服してから渋谷へと向かった。家に帰る必要はなかった。あらかじめ店長からシフト上がりに弁当とおにぎりを用意してもらっていたからだ。


ハチ公前で食べながら周囲を見る学。よく見ると色々な人に何かが刺さっている。

斧が刺さっている長身の若い男性。背中に三本の包丁が刺さっている明らかにお水の女性。色々だ。


時間的にもうすぐだと思い、食べ終わってごみを捨ててから時計を見た。八時だ。

そこへふんわりとした格好で赤いスカーフを身につけた麻生清子が現れた。

学は近づいて声をかけた。

「あの、昨日の人間です。ラインの返事ありがとうございました。」

清子は学を見て、

「よく見ると結構いい男ね。近くのファミレスに入りましょ。大学生でしょ?お酒はいける?」

学は頷いた。清子は薄化粧で実に艶っぽい美人だ。元がいいのだろう。


彼女に先導されて、有名チェーン店のファミレスに入った。

清子は席に着くなり、呼び出しベルを鳴らした。

すぐに来る店員。

「生中2つと枝豆とモッツアレラピザね。とりあえず飲み物はすぐに。」

慣れた店員が手元の機械に打ち込んで、去っていった。

学はゆっくりと席に着いた。

「この話は、飲まなきゃやってられないわ。これで五人目よ。やっぱり東京はいるのね。」

学はカバンを置いて、清子と向き合った。

すぐにビール二つが来た。

後のはすぐに持ってきますと言って去る店員。

「じゃ、とりあえず飲みましょ。学君だったっけ?色々教えてあげる。」


清子から聞いた話は衝撃的だった。

彼女は九州某県の由緒正しい巫女の家系で彼女の祖母は死ぬまで現地の有力者に対して占いや祈祷をしていた。

清子は20歳の時に見えるようになった。

彼女が法事で実家に帰った時に、母方のおじの腹につるはしが刺さっているのを見て思わずそれを言ったらおじは、

「おお、お前も見えるようになったか。最近肝臓が悪くてな、でもうちらの家系は自分で治せるからな。」

おじは気合を入れるとそのつるはしは消えた。

そこに母が来て、

代々見えるものがいると、あたしたちの家系は自力で治せるものが多いが他の人は無理だと。清子の父は清子が8歳の時に交通事故で死んだ。

母親には当日見えていたが言えなかった。言ったらそれから三分以内に死んでしまうから。清子は一人っ子であったからほかにきょうだいはいない。いとこは大勢いるが母方の従姉たちは見えるものが多いらしいと。

「大体、見えるのは女ばかりなのよ。兄さんは介護福祉士として長いからたまたま見えてラッキーね。仕事の手を抜けるから。大体能力が高いし。」

そして、清子は見えても言ってはいけないと言われて、東京に戻った。


それから五年、バリバリ東京で看護師として働いていたがこのシチュエーションは五回目だと。


学はあまりのことに驚いてビールの味がしなかった。

「僕の前の四人の方はどうなったんですか?普通に生きているんですか?」

清子は二杯目のビールを飲み干して、

「あなたも東北方のひとよね?やはりあちらに多いのね。他の人は帰っていったわ。みんなパートナーがいる人ばかりだったから。心配で側にいたいって。」

学は、思い出した。父方の曽祖父が確か由緒正しい神社の神主の家系だったと。

「思いつくことがあるのね。でも、多分あなたが見えるまで他の人には起こらなかった、だから口伝えが上手くいかなかった。まあ、これからよ。」


清子はそれからゆっくりと話してくれた。

毎日起きて、鏡を見る時が怖いと。自分のは鏡なら見える。毎日安心するために鏡の前で一度目を閉じて目を開ける、無事ならそのまま一日を過ごす。

何かあったら電話して母に電話越しに治してもらって出かける。麻生家は代々長寿の家系、お互いを治せるから長生きなのだ。彼女の父は婿養子だった。


清子は学をじっと見て、少し酒に満たされた瞳をそらさずに言った。

「これから先、いろんなものが見えるでしょう。でも、絶対に言ってはいけないわ。ほんの少しでも、寿命を延ばしてあげたいから。

あと、もし自分に見えたらここに電話して。実家の母の黒電話の番号よ。母には事情はすでに言ってあるわ。そこにあたし以外がかけてきたら治してくれるから。24時間いつでもいいわ。母は優しい人だから。」

学は清子に手を握られた。その手には数字の書いてあるメモがあった。

「あたしたちはもう会わないほうがいい。今まであった中で一番好感度の高い君だけどね。もし、治す力が欲しかったら実家に帰りなさい。多分親族の誰かが鍛えてくれるわ。じゃあね。」

清子は伝票をさっと取り出して、支払いへ向かった。慌ててカバンを手に取り、レジへ行く学。

「お姉さんがおごってあげる。じゃあね、そうそう、あたしはSNSとか一切してないから探しても無駄よ。ラインはもうブロックするからね。」

彼女は電子決済で払って風のように去っていった。


時間は終電の少し前位、学は喫煙ポールがあるコンビニの前でゆっくりと煙草をふかしながら考えていた。

「これからが大変だな。まあ、運命か。帰ろう。」

学は電車に乗って帰った。


次の日、起きてから鏡の前に行く学。一度目を閉じてまた開ける。

何もついてない。これが一生続くのだ。

「それでもいいさ。他の人より生きられるチャンスだ。チャンスは生かそう。」


学の新たな人生が始まったのだ。

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何か刺さってますよ? なにものでもない。 @kikiuzake001

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