第27話
セティヤは駆けた。
新しい武具のレッドフィンガーを装着し、城の廊下を駆ける。
レッドフィンガーは大きな力を与えてくれると感じた。
早く力を試したいという高揚感が全身を支配する。
力に飲み込まれているような気がして恐ろしいが、試さずにはいられない。
「ゴブリン……どうしてここに?」
十数体のゴブリンと妖精を従えたフェアリーテイマーが、城の廊下にいた。
ゴブリンたちは城内の音に引き寄せられただけだった。
空人たちが逃がした人々が城に逃げ出したと思っただけだ。
だが、そのことをもちろんセティヤはわからない。
「私の城を、荒らしに来たのかぁ!」
セティヤは瞬く間に間合いを詰める。
レッドフィンガーを付けた拳を振るう。
ゴブリンの頭が弾け飛んだ。
脳漿と血が飛び散る。
セティヤは目を見開く。
セティヤはゴブリンどころかオーガも一撃で倒せた。
ゴブリンの頭を鷲づかみにして、粉砕したこともある。
だが、一撃でゴブリンの頭を弾けさせることはない。
驚くのも一瞬だ。
セティヤは体を駒のように旋回させ、ゴブリン達に正拳を放つ。
ゴブリンの頭部が破裂し、廊下に脳漿と血がばら撒かれた。
フェアリーテイマーが逃げようと背を向ける。
戦う意思のないものを攻撃するのはほんの少し気が引けたが、容赦はしない。
セティヤは回転しながら、回し蹴りを放った。
フェアリーテイマーは背中を蹴られ、地面に倒れ込む。
セティヤはフェアリーテイマーを踏みつけ、問う。
「戦意がないのはどうしてですか?」
「………………」
フェアリーテイマーは答えない。
「あなたたちは無理やり戦わされている。違いますか?」
「殺すならば、殺せ」
「デマルカシオンの魔族は無理やり戦わされている。間違いありませんか?」
「俺が答えたとしても意味はない」
「最後の質問です。シュライバー王家の生き残りがいれば、あなたたちは離反しますか?」
「離反しねえよ! 無駄だ」
「わかりました」
セティヤは足を離した。
「行ってください」
フェアリーテイマーは起き上がり、一瞬だけ、首に触る。
そうして走り去っていく。
その背中を攻撃したい衝動が全身を駆け巡るが、自制する。
力に溺れるわけにはいかない。
自分は民を守るために戦っている。
敵を嗜虐するようでは、デマルカシオンのシェイプシフターと変わらない。
「ふぅ……」
セティヤは大きく息を吸い、吐いた。
廊下の惨状を見る。
生まれ育った城を破壊したのはデマルカシオンだが、まき散らされた脳漿と新しい血。
そして死体は自分が行ったことだ。
敵だから倒しただけで、苦痛を与えるのは目的ではない。
空人がシェイプシフターに十字を切る理由がわかる。
無意識だろうが、敵を殺すことに悦びを感じないようにしているのだろう。
自分は王族だ。
力は生き残った民を守るために振るい、憎しみではなく誰かを守るために戦おう。
そう決意を新たにした。
「戦う気があるのか、でアル!」
ミノタウロスシェイプは苛立ちを露わにする。
空人はガドリングシールドで距離を取りながら、ビームを放っているだけだ。
いくらか命中はしているが、ミノタウロスシェイプには大したダメージは与えられていないようだ。
空人は本気で攻撃するつもりはない。
時間稼ぎが目的であり、セティヤが来るまで待てばいい。
「ようやく来たか」
セティヤが広場に向かって、走ってくるのが見えた。
時間稼ぎは終わりだ。
ミノタウロスシェイプの動きのパターンも見えてきたし、セティヤに止めを刺すアシスタントは出来そうだ。
ホッとしたのも束の間、別の問題が起きた。
「おいおい、どうするんだよ」
空人はヘルメットのなかで苦笑した。
セティヤがミノタウロスシェイプがいる広場に到着した。
そのタイミングで、意外なものたちが現れた。
バスが到着し、森林同盟六州に逃げたはずの人々が降り立つ。
バスは「インビジブル」で見えないが、乗客には「インビジブル」は掛けられていない。
端から見ると、なにもない空間から人が続々と現れているように見える。
空人とセティヤだけでなく、ミノタウロスシェイプも突然の状況に困惑の表情を浮かべている。
「なんで……あなたたちが?」
セティヤの疑問はもっともだ。
こんな戦場に来れば、戦いに巻き込まれるかもしれない。
あまりにも危険だ。
「姫さまが負けそうだからだよ!」
「僕たちがいれば、姫さまは負けないよね? だって姫さまが負けたら、僕たちは間違いなく殺されるんだ!」
「そういうことさ! あんたが弱いから、わたしらが応援に来てやったんだよ!」
ハッ、と空人はヘルメットの中で笑った。
大した激励だ。
これは信頼があるから出来る芸当だ。
人々がセティヤをよく理解し、信頼しているからこそ出来る。
お忍びで街中で交流したのがここに生きてきたのだろう。
ケンタロウスシェイプがいっていた言葉は間違いだと確信する。
セティヤは指導者としては未熟かもしれない。だが、人々との信頼関係は築いていた。この戦いが終わったあとでも、彼女ならばこの国を正しく導くことが出来るだろう。
自分がすべきことがはっきりする。
「よかったな、セティヤ。あんたは信頼されているみたいだぜ」
「ですが逃げて欲しかったです。万が一にも私たちが負けたら」
「セティヤ、俺の世界では言霊ってのがあるんだ。言葉が現実になるという考え方だ。だからあんたが口にすべきなのはひとつだ。俺たちはあいつをぶっ潰す!」
「空人――あなたというひとは」
セティヤが朗らかに笑った。
「さあて、主役と観客が両方揃ったんだ。そろそろ決めるか」
空人はガドリングシールドを投げ捨てる。
クレセントムーンとレフトセンテンスを抜き、両手をだらりと下げる。
ミノタウロスシェイプが構えを変える。
ハルバートをまっすぐ前に出す。
ミノタウロスシェイプが動く。
空人のクレセントムーンを打ち下ろし、ハルバートを旋回させる。
右手を離し、左手の後ろに握り替え、空人の左側頭部に振り下ろした。
空人はレフトセンテンスで受け止めながら、半身をそらす。
重いハルバートが眼前を振り下ろされる姿を傍目に捉えながら、クレセントムーンをミノタウロスシェイプの腹に向かって突き刺そうとした。
ミノタウロスシェイプはハルバートを躊躇いもなく手放し、後ろに跳んでかわす。
セティヤが追撃する。
縦に回転した蹴りが、ミノタウロスシェイプの頭部を狙う。
ミノタウロスシェイプは前転してかわしながら、起き上がるときにハルバートの柄を握っていた。
起きあがりながらハルバートをセティヤの胴体に向けて振るう。
その一撃をセティヤは、レッドフィンガーで受け止める。
レッドフィンガーの堅牢さに、空人は驚いた。
セティヤはミノタウロスシェイプのハルバートを避けていた。
セティヤの肉体は、ハルバートの斬檄に耐えられないからだ。
だが、レッドフィンガーはセティヤに防御力を与えた。
戦いに新たな選択肢を与えられるのは大きい。
セティヤは体を駒のように回転させながら、打撃を繰り出した。
ミノタウロスシェイプはハルバートの柄で受け止める。
だが、次々と繰り出される打撃を受けきれず、あちこちに打撃を受けはじめる。
ミノタウロスシェイプの顔がダメージの蓄積で歪んでいく。
ミノタウロスシェイプが後ろに大きく跳んだ。
左足を前に出し、ハルバートを右脇の内側に引きながら、下に向ける。
左手を右手の下に置いた。
空人はミノタウロスシェイプに向かう。
ハルバートが下から、物凄い勢いで斬りあげられる。
その一撃を二振りの刀をクロスさせることで受け止めた。
「いまだ!」
空人は叫んだ。
セティヤが空人の背中越しに跳ぶ。
ミノタウロスシェイプの頭を鷲づかみにする。
体内に宿るエネルギーが自分の手に流れ込むイメージをする。
イメージこそが、魔法の基本にしてすべてだ。
瞬時に全身のエネルギーが右手に流れ込み、レッドフィンガーが赤く染まる。
赤熱化、熱を帯びた。
「ぎぃやぁぁぁ! あつぃぃぃぃぃい!」
ミノタウロスシェイプの悲鳴があがる
民が、みんなが見ている。
暴虐の敵が死ぬところを、待ち望んでいる。
みんなが自分の両肩に手を置いているのを感じた。
それはきっと気のせいではないだろう。
この国の民ならば、誰もが知っている。
かつての英雄が使った敵を滅ぼす必殺の一撃、それは――
「殲滅! レッドフィンガァァァァー!」
ミノタウロスシェイプの頭が燃えあがる。
「おれのあたまがぁぁぁあああ!」
「フィウーネの民の怒りの炎で焼かれて消えなさい!」
ミノタウロスシェイプがセティヤの手を引き剥がそうと、ハルバートを手放した。
「させるかよっ!」
空人がミノタウロスシェイプのがら空きになった手を斬り落とす!
ミノタウロスシェイプが膝をつく。
「たったすけ……」
「ヒートアップ!」
「ぎゃぁぁぁああああああああ」
命乞いをするミノタウロスシェイプの頭部をさらに強力な炎で焼いた。
ミノタウロスシェイプの瞳から光が消える。
ふっと力が抜け、だらりと力が抜ける。
死の直前に、ミノタウロスシェイプはこう呟いた。
「また肩車をしてあげるからな」と。
セティヤは手を放し、後ろに大きく跳んだ。
ミノタウロスシェイプが盛大な爆発を起こし、セティヤは十字架を切る。
正直、憎さしかない相手だ。
地獄に墜ちればいいと思う。
だが、こんなことをした事情はわかっている。
敬愛する空人のすることも理解出来る。
だから十字を切ってやった。
「仇討ちは出来たな」
悲しみを噛み殺すようにセティヤの背中に、空人は話しかけた。
「はい。ですが、最後の言葉はなんだったのでしょうか?」
「ああ――」
空人は逡巡した。
なにを言いたかったか、わかっているからだ。
黙っているのもひとつの方法だろう。
だが、空人は敢えて教えることにした。
「あいつは、ミノタウロスシェイプは息子を肩車しているときに、この世界に召喚された。召喚先はモンスターの巣で、あいつの息子は目の前で喰われたそうだ」
「それは――辛いですね」
セティヤが悲痛な顔をする。
ミノタウロスシェイプの凶行の理由も理解出来たからだ。
ですが、とセティヤは続ける。
「許されることではありません。デマルカシオンのシェイプシフターたちには同情します。彼らの犠牲のうえに私たちは築かれた平和は、彼らにとっては耐えがたいものでしょう」
セティヤは言葉を切り、人々に視線を向ける。
セティヤの勝利を目の前にした人々は、笑顔を向けていた。
その笑顔は束の間のもので、これからしばらくは慣れない土地で暮らさなければいけない。
「月並みな言葉ですが、私はこの笑顔を守りたい。デマルカシオンから人々を守り、この世界に平和を取り返したい。それがせめてもの供養だと思うのは、私の我が儘でしょうか?」
「我が儘だし、都合がいいと思うぜ。はっきり言えば、詭弁だな。俺も召喚されたものとして、デマルカシオンの連中に同情するさ」
「はっきり言いますね」
セティヤは苦笑する。
「だが、世界を救うヒーローなんてものは敗者のうえに成り立つんだ。足元に転がった敗者に対して、詭弁のひとつも言えないんじゃ敗者も浮かばれないと思うぜ」
「では私は供養だと思い、これからもシェイプシフターを倒します」
「これからはあんたも倒す機会が増えるだろうしな」
セティヤは力強く頷いた。
レッドフィンガーは強力だ。
そしてセティヤは強い。
戦闘技術だけではなく、人々を守りたいという想いが強さの原泉だ。
レッドフィンガーを手に入れたことで、シェイプシフターを倒せるようになるだろう。
「レッドフィンガーを使って、実感しました。これがあれば、シェイプシフターを倒せると。ご先祖様が世界を救えたのだとわかります」
「そうか」
「それと、デマルカシオンを打倒する鍵を見つけました」
「鍵?」
「次に向かうモリコ王国にいるスワーラ。彼女の存在がこの戦いを終わらせることになるでしょう」
セティヤは力強く宣言した。
100億円契約の勇者と復讐の帝国 アンギットゥ @angitwu
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