第二部 第一章 二仙山~篭斬炭鉱(七)
一行は坑道を慎重に進んだ。やがて
「乾為天。彖曰、大哉乾元、萬物資始。乃統天。雲行雨施、品物流形。大明終始、六位時成。時乘六龍、以御天。乾道變化、各正性命、保合大和、乃利貞。首出庶物、萬國咸寧。」
咒文が進むにつれ、ふたりの合わさった
(へぇえ、改めて道士さまってのはもの凄いことができるもんだな)
声を潜めたまま燕青が目を丸くして感嘆すると、少女ふたりは(どんなもんだ)と言わんばかりに鼻の下を擦ってみせ、小声で教えてくれる。
(これは体内の気を陽の気に
(あたいらが陰陽五行の術を習うときは、まず最初にこれを教わって、それから陰陽の割合を微妙に変化させることを練習するの。こんなの初歩の初歩よ)
(まぁもっともわたしは
そう言って四娘は、左目にかかった前髪を掻き上げ耳に掛けた。
「
「だれがぽっちゃりよ!」
密かに気にしていたらしい玉林が、思わず血相を変えて己五尾を叱りつけるが、
(しっ! 声が高いわよ!)
と四娘にたしなめられ、慌てて手で口を塞ぐも時すでに遅し。
魔物に声を聞きつけられた可能性も高い。今まで以上に物音に注意しながら一行は奥へ奥へと進んでいった。
3人から少し先行して鼻の利く己五尾が進み、その後ろに四娘、玉林、
横道に差し掛かる
狭いところでは直径一丈(3m)ほどしかない坑道である。横にふたり並んでしまうと、長柄の武器では邪魔になり、満足に戦えないだろう。深く潜るにつれ、だんだんと冷気が漂い始め、燕青が思わず身震いしたその時。
(来よったぞえ)
(見えたっ)
同時に己五尾と四娘の声がした。
己五尾はすかさず最後尾に下がり、挟撃に備え後方の見張りにつく。これは前もって打ち合わせしてあった通りの動きである。
燕青は
四娘は左手で
玉林も懐から左手で霊符を引き出し、右手で
途端、動物の形に草を編み込んだ依代がするりとほどけ、
(あたいがみっつ数えはじめたら、みんな耳をふさいでよ)
玉林が前方を凝視しながら声を掛ける。「
(三、二、一)、「今っ! やれっ
玉林の指令と同時に、
「カァァァアアン! 」
前もって耳をふさいで備えていた燕青らだが、狭い坑道の中に響き渡る声は、わかってはいても一瞬ひるむほどの大音響だ。
その反響も消えぬうちに、四娘と玉林が前方に走り出した。「
少女たちとともに進む光の中に、魔物の姿が浮かび上がる。己五尾の情報通りの奇怪な姿だ。
羊ほどの大きさで、顔面以外を全身毛で覆われた4本足の化け物。顔には目も鼻もなく、耳の部分にぽっかり穴が開いている。
顔にあたる部分はのっぺりと平らで、顎先からこめかみあたりまで切れ込みが入り唇のようになっている。どうやら顔面全体口のように開くらしい。ところどころから鋭い牙が見え隠れしている。それが3匹、
「
玉林の声に、四娘の気合いが被さる。
「
「東王父」の剣が一瞬輝いた。四娘は大上段に振りかぶり、そのまま最前列の魔物に斬りかかった。
「鋭ぇぇいっ!」
真っ向唐竹割りである。四娘の剣が見事魔物の顔面を真っ二つに切り裂き、魔物は声もたてずにどう、と横倒しになった。
一瞬遅れて、その隣の魔物に玉林が左手の指に挟み込んでいた霊符を投げつけた。
黄色い紙に
「
右の人さし指と中指で刀印を作り、気合いとともに霊符を指さすと、霊符が一瞬光り、その光が魔物の顔面から体内を貫き尻へと抜けた瞬間、間物の体内から四方八方に木の根のようなとがった物体が飛び出してきた。全身から無数の
(やったな、あと1匹! )
そう燕青が思った瞬間、残りの一匹が
一同は慌てて、
「うんぎゃぁぁあ」
と、嬰児の泣きわめくような声を発したのだ。
「しまった!」
「どうした?」
「
「ならどうする?」
「さっき通った広い所まで下がって迎え撃ちましょ、どう、玉林? 」
「了解、深追い無用だわさ。いざという時のために入口に近い方がいいしね。、
なかなかどうして
戻る途中に、他より広く掘られた休憩場所に続く、直径七尺(2.1m)ほどしかない細い場所があった。広間で待ち構え、細い坑道から出てくる所を叩く作戦である。
やがて坑道の奥底から、軽い振動とともに複数の獣が掛けてくる音が聞こえてきた。
ござんなれ、と待ち構えるふたりの前に、狭い穴から同時に2匹が顔を出した。その機を逃さず
「カァァァアアン!」
前回同様に動きをとめた2匹に向け、すかさず「東王父」の
最初の2匹が先ほどと同じように倒れ、広間への出口を塞いだ。そのため、屍体が邪魔になり、隙間から3匹めが顔を出した。すかさず桃剣と霊符の攻撃。
倒れたその横をすり抜け、
前方で少女道士2人が、順調に妖物を倒していく後ろで呆気にとられている燕青。その背後に物見に行っていた己五尾が駆け込んできた。
「あるじどの、
「どうした?」
「副道を通って、何匹か回り込んできたようじゃ、後ろから来よるぞ」
「くそっ、こっちは俺が相手するしかないか」
燕青は振り返って身構えた。
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