第七章 青州観山寺(一)
渡し舟では、川の真ん中で船頭の振りをした賊に脅され、金品を要求される一幕もあったが、「星持ち」の仲間である
青州に入ってからは、
観山寺は臨眗の町に入る手前の、小高い山の中腹にあった。いかにも
寺は二百段ほどの石段を登った先に建っていた。もう秋だがかなり暑い日で、昼過ぎの強い日差しが、木々の間に差し込み、階段を登るふたりを時折照らしている。
汗まみれになりながら
山門をくぐると、大きな庭が広がり、その奥の中央には本堂、左に
常廉和尚は本堂で
観山寺は、
やがて読経が終わり、十数名の僧侶が本堂から出てきた後、
歳の頃なら四十代半ばぐらいか。てらてらと光る頭の下には、太く濃い眉毛と、ぎょろりと大きな、だがどことなくいたずら小僧のような愛嬌のある目。鼻も口も大きく、がっしりとした顎がそれを支えている。
盛り上がった筋肉に埋もれた、これまた太い首は、どこまでが肩なのか首なのかわからないほどだ。燕青より頭ふたつは大きい、堂々たる豪傑であった。
「これはこれは、祝四娘どのに燕青どのでござるか。遠路はるばるお越し頂きかたじけない。私が当寺を預かる常廉でござる。ささ、まずはこちらにお入りください」
笑うと
燕青は燕青で、その声の圧力に、ただならぬ内功の強さを感じ取っていた。
本堂の隅の円卓に3人が座ったところに
常廉和尚は聞き上手で、四娘は機嫌よくこれまでの苦労や出来事を、講釈師もかくや、とばかりの口調で語ったものだから、常廉和尚は面白くて仕方がない様子である。
特に
「がっはっはぁ愉快愉快! それは良いことをしたなお嬢ちゃん」
頭をごしごし撫でられて、四娘は照れながらまんざらでもない顔つきである。そして話が
「何っ! 周侗とおっしゃるかそのご老人? 」
常廉和尚の目がくわっと見開かれた。
「周侗どのをご存じでしたか? 」
「いや、直接は知らぬ。わしが先代の住職に言われて、嵩山少林寺に修行に出たのがはたち過ぎじゃったが、その時にはもうすでに山を降りられていた。だが凄い使い手だと話には聞いていた。ぜひお会いして、一手ご教授願いたいと思っていたのだ。そうか、飲馬川にいらっしゃるのか」
感慨深げに腕組みをして考え込む常廉。四娘は、飲馬川の龍脈は覚えたから、この仕事が終わったら「
「ほお、それはありがたい。四娘どのはその若さで縮地法が使えるのか、大したものだな。わしは拳法ばかりで、そういう術にはさっぱり
「
「おっと、そうじゃったな」
やっと話が、寺に出る
非常に真面目な僧侶で、拳法には全く興味を示さず、もっぱら様々な経典を読みあさっていたのだが、亡くなる数週間前から、日中だけでなく毎晩夜明け近くまで経堂に籠もるようになった。
そのうちだんだんと
「これだけならば、過労がたたって何かの拍子に心の臓が止まってしまった、とも考えられるのだが」
「他にも何か?」
常廉は四娘を見て
「じつはその常栄、発見された時に、あー……ゆ、床一面に広がるほど、おびただしい量の精を放った上に、これ以上ないほどの愉悦の表情を浮かべて死んでいたのだよ」
(うーん……そりゃぁ言いづらいわなぁ)
燕青はちらりと四娘の方を見ると、少し頬が強ばっているが、必死に平静を装っているのがわかった。
(……頑張ってるな、おい)
一人前の道士になろうと懸命に努力していることが伝わってきて、つい微笑んでしまいそうになり、必死に真面目な顔を装う燕青である。
「そのあとどうなりました? 」
「その後しばらくは特に何もなかったのだがな。4日後別の弟子に、必要な経を取りに行かせたら、それきり出てこない。様子を見に行かせたら、半死半生で倒れていて、やはりその……おびただ」
「あああ、そのあたりはあまり詳しくおっしゃらなくても」
「今度はふたりの弟子に入らせて、経堂の外から様子を見ていたのだが、そやつらは入ってすぐにふらふら倒れたかと思うと、ふたりともいきなり衣を脱ぎだして、抱き合ったかと思うと……顔と顔を寄せ合い」
「ど、どうなったんですか! せせせ、
(そこには食いつくのかよ? )
燕青は顔色にこそ出さないが心の中で大声でツッコミをいれていた。
常廉は常廉で、四娘が妙に興奮した面持ちで食い気味に尋ねてきたのを見、少々引きつった表情を浮かべつつも
「あ、ああもちろん、そんなことをさせてしまっては後々大変だから、外にいた弟子が大勢で飛び込んで引きずり出したのだが、ほんの
「怪しげな?」
「ああ、みんな
「それはまたずいぶんと妙なことに」
「遂にはわしも入ってみたのだが、みっともないことにわしもその……入ってすぐ妙な気分になったらしく衣を脱ぎ始めたところで、弟子たちに引きずり出され、水をぶっかけられて正気をとりもどしたというお粗末じゃ」
「失礼ながら、近くの道士に来てもらったりは?」
「うむ、こういったことは正直お手上げだったので、恥ずかしながら来てもらったのだが、その道士も経堂に入ったとたんおかしくなって、いきなり服を脱ぎだして、その……
「そうですか、道士でも駄目でしたか」
「最近はお堂の中だけでなく、経堂に近づくだけでも妙な気分になるようになってきての。大事な経文を取り出すことも出来ずに困っていたのだ。それで以前から懇意にしていただいている羅真人様に助けてもらおうとお願いした次第じゃ」
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