第七章 青州観山寺(二)
ここまでの話を聞いて燕青もさすがに不安になってきた。
「なぁ小融、さすがにこれはお前の手に余るんじゃないか? というかその……なんだか
聞いた四娘は、待ってましたとばかりの笑顔で振り向き、立てた人さし指を振りながら
「チッチッチッ。分かってないなあ
首を傾げる燕青に、四娘は羅真人の考えを話してくれた。
まずひとつは、寺の僧侶、つまり男だけで対応したからこうなったのではないか、という推測。
もうひとつは、青年から中年にかけての、精力盛りの年齢層がやられているのではないか、という推測。
つまり、四娘は女だし子供だが腕利きで、しかもちょうど旅に出たがっているから都合がよかろうと、出発前に羅真人から
午後、まだ日の高いうちに、いよいよその怪しげな経堂に乗り込むことになったので、四娘と燕青は、宿坊の一室に入り身支度を始めた。
燕青は筒袖の黒い
四娘は紺の道服の上に
長い髪は高く結ってまとめあげ、
背中には「
さて、「ござんなれ」である。
常廉を先頭に、四娘、燕青と続き、その後ろを数人の僧侶が従って経堂へと向かった。
他の棟同様、唐朝末期に建てられたという古経堂は、一辺が六丈(18m)はある大きな建物で、五段ほどの石段を登った所に観音開きの扉がある。
入口はひとつだけ、あとは日光が入って経文が日焼けしないよう、四方が分厚い板で覆われている。湿気防止のための通気用窓は幾つかあるが、普段は内側から板がはめ込んであり、さらに
石段に近づくほどに、燕青はなにやら背中から腰や下腹部にかけて、妙にむず
石段を登り、常廉が錠前を開け、重い扉を押し開けると、中からむっとする熱気とともに、
燕青と常廉は思わず袖で鼻と口元を覆った。
ところが四娘はその妖風にひるむ
「いるわね」
とつぶやき、左目にかかった前髪を掻き上げ耳にかけた。
現れた「
「はっきりとはわからないけれど、ここにかなり強力な奴がひそんでいるのは感じます」
そう言った四娘の口元は口角が上がり、不適な笑みが浮かんでいた。
「ほぉ、やはり魔物か何かがいるのかの?」
燕青と常廉は階段の下で待機している。それでも歯を食いしばり、気持ちを引き締めていないと、堂内に引き込まれそうになるのだ。
四娘はひとり、経堂の中心に歩み入り、四方をぐるりと見渡した。やはり女の四娘には、
部屋の四面共に、天井まで何段にも分けて棚が据えつけてあり、経の巻物や本が、
棚の一番下には新旧取り混ぜて
長年気持ちを込めて読まれてきた巻物や本には、歴代の僧侶の念が籠もっている。それが「気」となり堂内に薄っすらと充満していて、四娘の目には様々な色の霧のように見えている。
ただほとんどはいわゆる「陽の気」だ。お堂の中で、最も強い「陰の気」はどこから出ているか?
やがて四娘の目は、部屋の一隅の棚に止まった。
ゆっくり歩み寄り、何層にも積まれた巻物の一番上の一本を掴みあげ、じっと見つめてから扉の近くへと持ってきた。
「これですね。他の巻物とは明らかに質も強さも違う」
燕青も常廉もうなづいた。他の巻物とは雲泥の差の「気」の圧力が感じられたからである。巻物を持った四娘が近づくにつれ、燕青と常廉は股間の
「おい小融、何だかその、おかしなことになってないか?」
「大丈夫だよ。でもこの巻物から出てるのは、間違いなくものすごく強い陰の気だから気をつけて」
「
「わかりません。とにかく開いてみますが、もしもの時のためにお二方はもっと離れてください。」
四娘は自分の腰に縄を巻きつけ、片端を燕青に握らせ、建物から三丈(9m)ほど離れてもらった。万が一の時には、引っぱり出してもらうためである。
準備が出来たのを確認してから、四娘はゆっくりと巻物を開き始めた。五寸ほど開いたあたりで、
下半身から胸の辺りまで開くと、豊満で魅惑的な
ふっくらとした顔立ちに綺麗に結われた髪。くっきりと大きな目には潤んだ瞳、すっきりと通った鼻。ぽってりと肉厚の唇が微笑みを浮かべ、そこからちらりと見える白い歯。
女の四娘ですら目を奪われ、
全身の曲線、胸の双丘とその真ん中の、薄桃色の隆起、尻の豊かな
(わたしもいつかこんな風になれるのかな? )
四娘は仕事を忘れ、食い入るように見とれてしまった。
「おい小融、大丈夫か? 」
燕青の呼びかけで我に返った四娘は、改めて美人画を見つめ直した。
髪型や服装は今風ではなく、かなり昔のもののようだ。そうであっても見る人をひどく
いろいろ考えているうちに、ふと絵の中の美女がゆらり、と揺れたように見えた。何を感じたか、四娘は巻物を堂の奥の壁の釘に吊し、距離を取って身構えた。
「どうした、小融?」
燕青が呼びかけた瞬間、分厚い経堂の扉が凄まじい勢いで閉まり、燕青の握っていた綱が挟まってちぎれ飛んだ。
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