第六章 飲馬川山塞(一)
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間もなく夜が明ける時刻である。まさに開き始めたばかりの城門の隙間を、2頭は風のようにすり抜け、千住院めがけひた走った。
走り抜けて振り向くと、町中で
燕青の乗った馬は、決して駄馬ではないのだが、年寄り馬の
先行した白兎から降りたふたりが
自分の馬にも水を飲ませながら
「おまえ、すごいなぁ白兎。年寄り馬なんてとんでもない。頼もしいぜ」
白兎の首筋を手荒く擦りながら褒めてやると、満足そうに「ぶるる」と鳴いたものだ。
一息入れたあとは、千住院まではなにごともなく快調に駆け抜けた。
到着してすぐに四娘が「
出来た手紙を王扇太夫に渡し、八卦陣の中に立たせると、太夫は深々と頭を下げ謝意を述べた。礼を返した四娘が、仙術「縮地法」の詠唱を開始する。
「剥、不利有攸往。彖曰、剥剥也。柔變剛也。不利有攸往、小人長也。順而止之、觀象也。君子尚消息盈虚、天行也。象曰、山附於地剥。上以厚下安宅……」
燕青と四娘は、発光し始めた八卦陣の中に佇む太夫の肩越しに、李承の笑顔がうっすらと見えた気がした。やがて太夫の姿はかき消え、光が収まったのを見届け、初めてふたりは深いため息をついた。
「長い一日だったなぁ。小融、よくがんばった」
燕青が四娘の頭を撫でると、
「へへん、青兄もね」
ひとりと一霊を救えたことで、満足げな顔つきで鼻の下をこすっている。
四娘も、道士姿は目につきすぎるので、二仙山で持たせてもらった、動きやすい農民風の服に着替えることにした。目的地である
いつまでも千住院にいて追っ手が来ると迷惑がかかる。院主に世話になった礼をし、再びふたりは旅立った。
だがこんな騒ぎを起こしてしまったので、もう康永の町を通るわけにはいかない。
そこで、遠回りになるが、東側の海岸線沿いに青州を目指すことにしたのである。
ひょんなことから燕青も馬が手に入ったので、今度は四娘ひとりで白兎馬に乗っていくことになった。
お尻の痛さは慣れるしかないので、休憩をこまめに取りながら、できるだけ
昔から、考え事は
「ところで
「うーん、昼間の段階で、
「なるほどね。
「おれも気になってたことがあったんだ。お前ほどの術師が、なんで
「うぅ、それを言われると面目ないんだけど、大体において此の世に未練のある
「ふむ」
「けれども李承さんは、太夫に未練はあったけど誰かに見つけられることを極端に恐れていた。だからできるだけ自分の存在を隠したがっていたんだと思う。」
「ほう、それで見つけづらかったのか。あともうひとつ。なんで王扇太夫の魂は、おれのときはこちら向きだったんだ? 聞こうとしたらはぐらかしたよな? 」
「えぇ、そんなことあったっけ? 」
ろくに鳴りもしない口笛を吹き、視線をそらして忘れたふりをする四娘。
「誤魔化すなよ。気になるじゃないか。それともまずいことなのか? 」
「んーとね、なんかこれ言うと
「なんだそりゃ? 」
四娘はなぜか視線を合わせず、前を向いたまま真面目くさった顔で説明を始めた。
曰く。燕青と王扇太夫が添い寝したとき、裸で抱き合っていたにも関わらず、燕青は太夫に色欲も性欲も感じさせず、ひたすら安心感だけを伝えようと、心を込めてなで続けるだけだったことが、太夫にとっては最高の
「へへへ、なるほどな」
「むぅ、その笑い方なんか腹立つ。実はもっと言いたくないことがあるんだけど、やっぱ教えるの止めようかな」
「あ、すまん。気になるから教えてくれ」
四娘のあちこちぼかした説明によれば、実はあのときの燕青の行動、つまり「
「接して漏らさず」(交合しても精を放たない)という言葉があるが、それすら超越した「
「つ、つまり、青兄は、教わらなくても房中術の秘技を使える、天然物の『
赤面しながら叫ぶように言い捨て、ぷいっと横を向いてしまった四娘。
「へぇ、そうだったのか。全然気づかなかった。でも、今にして思えば、ちょっと惜しいことをしたかなあ。
「また鼻の下伸ばして! このスケベ鏢師、もう知らない!! 」
「ははは、おれがその気になって、
「むきーっ、腹立つ! ♪燕青は色事師! 色事師は燕青♪燕青色事師! 色事師の燕青♪テンテンテレスケ、テレスケテン! 色事師はえーんせぃ♪」
腹いせに馬に揺られながら大声で歌い出した。すれ違う人が聞きつけ、何事かと振り返り、くすくす笑っている。
「わ、わかったおれが悪かった! 悪かったからその恥ずかしい歌やめてくれ! 」
「♪えーんせいはいろご・・・・・・ふん、わかったらもう浮かれて妙なこと言わないでもらいたいわね! 」
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