第五章 康永金夢楼(七)
ずい、と
(やるしかない)
その瞬間、燕青も腹を決めた。目をすうっと細め
「昼間、あなたが何やら術を使っていたのを見ていたんですよ。さぁ、大事なお得意様にとり憑いた亡者どもを祓いなさい。そうすれば命だけは助けてあげ」
皆まで言わせず、燕青はいきなり目の前の若い衆の
別の若い衆が殴りかかってくる。燕青は顔面に伸びてきた拳を払いのけ、下から金的を狙って足を跳ね上げる。男は慌ててそれを防ごうと手を下ろした瞬間、燕青の右足が、飛燕のごとく
この下段から上段への蹴りの変化は燕青の得意技で、これを防いだとしても、さらに跳び上がって体を捻りながらの
さらに燕青は蹴り飛ばした脚を下ろさず、そのまま踵から別の若い衆の側頭部を蹴りに行った。男は慌てて腕を上げ防御しようとしたが、今度は防御の直前に上段からがら空きになった脇腹へと脚が
「ぐわっ! 」
燕青の後ろで叫び声がしたかと思うと、からんと何かが落ちた音がした。
振り返ると、手の甲に深々と飛刀の突き立った男が跪き、その前に柳葉刀が落ちている。
四娘の飛刀が炸裂したのだ。
「助かった! 」燕青が叫ぶと、飛刀を構えた四娘が親指を立ててみせる。
それと見た他の唐回の手下が一斉に柳葉刀を振りかざし斬りかかってきた。
先頭の男が振り下ろす刀を躱して側面に回り込み、横から足裏で膝の関節を踏み砕いた。膝関節は横からの衝撃に弱い。いとも簡単に男の膝はあり得ない方向に折れ曲がり、男が絶叫した。
同時に、男の刀を握った手首をひねりあげ、
首、手首、
切られた唐回の手下はみな致命傷である。そして彼らが動きを止めるたびに、その手下にとり憑いていた亡霊たちは姿を消していった。
更に店の若い衆も、落ちた刀を拾いあげて燕青に斬りかかったが、素人剣術がかなうはずもなく、刀を取り上げられたうえ、膝の関節を蹴り砕かれたり、肩の関節を外されたりと、身動き出来ず倒れ伏して呻くのみ。
唐回と洪泰元は、次々に手下たちを斬り殺されたり、戦闘不能にされる様をみて、腰を抜かしへたり込んでしまった。
燕青は素早く駆けよりふたりの
「さてまず洪さんよ。王扇太夫は
血脂まみれになった刀を捨て、床に落ちていた別の柳葉刀の切れ味を指先で確かめながら、視線も合わさず静かに問うてくる燕青に、あがあが言葉にならぬ返事をし、青ざめて汗だくの顔で、何度もなんどもうなづく
「あーそういえばお前さんさっき、命だけはどうだこうだ言ってたよな? 」
ものすごい勢いで
そんな二人を燕青は睨みつけ、
「だがなぁ、てめぇみてぇに金のためなら
それを見届けてから燕青は持っていた柳葉刀を、からりと放り捨て、唐回の両肩に手を置き、
「さて、
涙、鼻水、よだれ、汗と、顔面のありとあらゆる所から、水をダラダラ滝のように流しながら、唐回は首を横に振り続ける。
「じゃぁお
それを見て、ぱっと希望の表情を浮かべた唐回の、両肩の関節を一気に外し、胸板を蹴り倒して仰向けになったその
毎日一刻(2時間)の、「
かはぁぁ、と悶絶の表情で息を吐き出し、手足の関節が動かないまま胴体だけでのたうち回る唐回。
激痛の波がいったんいったん引いたのをみて、燕青はさらに、両前腕部の骨を踏みつけて砕く。続いて上腕部。次に
見れば、唐回にとり憑いていた亡者の姿も、一つ残らず消え去っていた。
「お望み通り、祓ってやったぜ。
返り血だらけの姿で、燕青はぼそっとつぶやいてから、身動きができずに床で
「いいかお前ら、命だけは助けてやる。だがこの先追っ手を出したり、役人に余計なことしゃべりやがったら、かならずこの
そう吐き捨て、へたり込んでいる四娘と王扇太夫を手で招いた。
われに返ったふたりは、吐き気を押さえつつ死骸を飛び越えて燕青を追い、馬小屋へと向かった。
途中で何人かの金夢楼の者が襲いかかってきたが、すべて燕青が投げ飛ばし、殴り飛ばし、蹴りつけて道を切り開く。
馬房に出て大急ぎで
「白兎、大急ぎで
尻をひとつひっぱたくと、白兎は猛烈な勢いで走り出した。燕青も急いで隣にいた馬に鞍をつけ、ふたりの後を追って走り出した。
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