第五章 康永金夢楼(三)
「最初に
「ひどい奴って、あの、唐回様がまた何か? 」
「唐回様はまたそんなご
聞いた太夫は、袖で口元を覆い、眉を
「また? 街の人が、若い娘を攫って
「はい。実は白い影が出た前の週にもお見えになったのですが、その際、
「そそう? 」
「いえ、運んできたお茶を
「なんだそれだけ? そんなことならあたしも、何回か師父のお茶をこぼして頭からぶっかけたりして叱られたし」
(何回か? お前はもう少し落ち着けよ)燕青は心の中で呆れている。
「はい、失礼ではあったのですが、李承はもちろん、
「どうなったのですか? 」
「唐回様が……
「ま、まさか、
「はい、どうせそのうち
「えぇ! 普通そんなことになったら、お店の若い
「はい、ですが
「最低な奴らね、唐回も、ここの
四娘が、文字通り
「本来なら出入り禁止にするべきところなんですけれど、なにせ楼主は払うものさえ払ってくれれば、という方なので
大夫は恥ずかしげに顔を伏せた。
「小融、ひょっとしてその李承という娘の
「うーん、十分あり得るわね。でもその腐れ薬屋に恨みがあるのに、他の人にも出てくるというのがちょっと分からない。もちろん
それを聞いた大夫は驚き、「え、
四娘は左目にかかった髪の毛を掻きあげて
「わたし
とお
ふたりはさらに、大夫に李承という亡くなった禿の
「李承さんはどんな方でした? 」
「妾の付き人になって3年くらいになります。とても妾に
大夫の目に大粒の涙が光っていた。
(ええ? 私と同い年なの! くそっ、ますます許せないわ! )四娘の目が吊り上がった。
「お辛いでしょうがもう少し。李承さんのお亡くなりになった様子を教えてください」
大夫は開きかけた唇を一旦閉じ、しばらくの間固く噛み締めてから、絞り出すようにわずか答えた。
「首を……絞められたのです」
「えっ! 」
「妾が見た李承の最期は、それはひどいものでした。着ている服は乱暴に破かれ、顔は殴られて
話し終えて耐え切れなくなったのだろう。大夫は両手で顔を覆い、声をころしながら泣き始めたのである。
「くそっ、外道め! 」
聞いて燕青も、静かに深く怒りをこらえていた。
四娘はもらい泣きしながら、大夫の隣に座り、優しく背中をさすっている。
「かわいそうに、
「ねぇ乙兄ぃ、なんで男ってそんなひどいことをするの? 」
怒りの矛先を向けられ、少々ひるんだ燕青は
「男ってだけでくくるなよ。そういう性癖がある奴ぁ聞いたことがあるが、死ぬまで絞める奴は明らかに異常者だ。一緒にしないでくれ」
と答えてから、大夫に
「そんなことがあった後でも、唐回の野郎は次の週に平気な顔でやってきたんですね。どれだけ
「妾は唐回様を見るだけでも、李承のあの
「それはお辛かったですね。まったくひどい話だ」
神妙な顔で相槌を打ってから、燕青は四娘に話を振った。
「どうだ、何かわかりそうか? 」
「うーん、今のところ李承さんの
「見るったって、大夫と客以外に誰かが近くに居たら出てこないんだろ? お前がいても出てくるかな? 」
「それは何とかなると思う。
「おんぎょうじゅつ?」
「うん、陽の気を極力抑えて、陰の気を強めると、陰の気の塊である
「それで姿を見えづらくして、どうするんだ? 」
「んー、言いづらいんだけど、
「えぇっ! おれを
「まぁぶっちゃけた話そういうこと。乙兄ぃならいまさら
「んん、いいのかなそんなことして」
四娘が向きなおって
「大夫、今までお店の人と、そういうことを試されたことはありますか? 」
「はい、実は二度ほど、若い衆に横に寝てもらったのですが、あ、寝たといっても、ことに及んだわけではありませんよ。店の者とそうなることはご
「で、どうでした? 」
「若い衆は緊張のために、妾も何かされないかと気になってしまい、ふたりとも一睡もできずに夜が明けてしまいまして、結局二度とも白い影はでませんでした」
「今までの話からすると、恐らく大夫がお眠りにならないと出てこないんだと思います。そして大夫がお目覚めになると消えてしまうということですよね? 」
「あ! 言われてみれば確かにそうです」
大夫が驚いたのと同時に
「何となくわかった気がします」
と四娘がつぶやいた。
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