第五章 康永金夢楼(二)
「でも出るのは
「はい。とはいえ
「でしたら、毎回誰か廓の方に居ていただいたら出なくなってよいのでは?」
「うーん、まぁ何といいますかそれは・・・・・・」
言いよどむ店主にかわり、燕青が助け船をだした。
「あのなぁ
「え、そなの? 」
「そりゃあまぁ、立つものもたた……う、うん、ゴホン、ま、そういうもんだ」
「人が居なければ夜中に出てくる、人が居ればお客様が落ち着かない。もうすっかりこの遊郭一の王扇太夫をお茶っ引き(客がつかず暇になること)にさせてしまっているんですよ。お願いします。何とかしてあの
四娘はしばらく考え込んでいたが、
「うーん、ちょっと情報が足りなさすぎるかなぁ。結局誰もその白い服の女の人の顔は見ていないんですね? 」
「そうですね。どなたに
「あと幾つか。太夫がおひとりで居るときには、その白い人は出るんですか?」
「いいえ、太夫がおひとりだと出ないようです。というか太夫は眠っていて何かの気配に気づいて目覚めることは一度もなかったそうなので、出ていたのかどうかは分からないそうです」
「つまり、太夫ご自身は、その白い人を一度もご覧になっていないんですね」
「ええ、だいたいその白い人が消えるのと入れ替わりで目が覚めるかんじで」
「太夫は別のお部屋を使ってみたりなさったんですか? 」
「ええ、一応部屋に
「ということは、やはり太夫ご本人に何らかの原因があるということでしょうね」
再び四娘が考え込む。
「何人のお客様がその
「はい、
「禁軍の方なら、
「ええ、当方といたしましても、一応の事情は説明しましたが
「で、どうなりました?」
「目覚めた太夫の叫び声で我々が駆けつけた時には、そのお方は剣を握ったまま、恐ろしいお顔で息絶えていらしたのです!」
「傷などはありましたか?」
「いえ、公にはできないので秘密裏に、医者と
最後に四娘は、街の道士や僧侶に祓いを頼まなかったのかと聞いた。
当然のごとく頼んではみたが、道士にしろ僧侶にしろ、お客以外の誰か別の者が、太夫の部屋近辺で待ち構えているときには、妖物は絶対に姿を現さなかったとのこと。
だがやはりその場合でも、せっかくのお客も落ち着かないわけで、二度と太夫の所には来なくなってしまうのである。
通りがかりの
四娘に声をかけたのも、
それ以上に新たな手がかりも思いあたらなかったので、ふたりは楼主の洪に伴われ、廓のいちばん奥の王扇太夫の部屋で、直接詳しい話を聞くこととなった。
部屋に入ると、さすがに
一番奥に、四方を細かな
その寝台の隅に、
「太夫、例の件をこのおふたかたにお願いすることにしました。あとは直接お話ください。話にひと区切りつきましたら、お食事を運ばせていただきます。あ、これは失礼しました。おふたかたのお名前をうかがってませんでしたね」
「申し遅れました。私は
「では小乙さま、小融さま、よろしくお願いします」
会釈して
窓から差し込む夕陽に照らされた、透き通った
どこを見てもまさしく「
燕青がかつて会った「
祝四娘は四娘で、翡円・翠円姉妹とは全く違う質の、大人の色香を漂わせた、これほどの美女を見たのは初めてで、太夫の一笑千金の微笑に赤面しながら、挨拶も忘れて美しい顔と、ゆったりとした服の上からでもそれと分かる豊満な胸のあたりを、慌ただしく交互に視線を動かしていた。
「小乙さま、小融さま、このたびは
気品に満ちた
「あ、あああの、ししし小融と申します。お、おやおやお役にた、たてるかわわわかりませんががが頑張りますので」
「おいおい落ち着けよ小融、失礼しました太夫。根っからの田舎者でして、太夫のような美しいお方に会うのは初めてなもので」
「あらまぁ、小融さん、素敵なお兄さまですわね。おふたかた、どうかよろしくお願いしますね。そちらにおかけください」
と椅子を勧められて座ったはいいが、面と向かって微笑みかけられた四娘はしばらくは居心地悪そうにしていた。漂う芳香に酔ってしまいそうになっている。
しかし、やがて太夫の巧みな話術に緊張もほぐれ、徐々に打ち解けた話ができるようになった。
「まずその
その問いに、太夫は部屋の北東の方角の一隅を指さした。
ふたりは指された一角の床を
毎回同じ場所に出るということから、その場に
「場所についているわけではなさそうですね。で、大変に
「そうですねぇ……思い当たると言えば、たくさん居すぎて分からないです。例えば
どうやら特定の相手からたどるのは難しいようだ。三ヶ月前から、この部屋に限って出るのならば、何らかのきっかけがあったに違いない。
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