第五章 康永金夢楼(一)
「金夢楼」編のイメージイラスト
https://kakuyomu.jp/users/tenseiro60/news/16818093072921894011
それを見届けてから
「おい、ちょっと教えてくれ、いったい何をしたんだお前?」
前髪を下ろして左目を隠した四娘は、ばつの悪そうな顔つきでもじもじしながら答えた。
「あの鬼を、誰にでも見えるようにさせたんだよ」
「へぇ、そいつは道士としてはまずいのかい? 」
「当たり前じゃない。道士は
困ったような顔で両手を合わせる四娘を見て、燕青は微笑した。
「全然まずくないと思うんだがな」
「え? 」
「おれが思うに、道士の仕事ってのは鬼や魔物を祓うことじゃなくて、仙術を使って困っている人たちを助けること、なんじゃないか? 」
「そう……だけど? 」
「だから四娘は、
「だ、だよね、だよね! あたしは人助けをしたんだよね」
「うん、だからそんなに怖がらなくてもいいんじゃ」
「だ、だれが怖がってるていうのよ! 最初から計算通りなんだからね、ふんだ! 」
赤面しながらそっぽを向いた。
「ところで、あの亡者たちはいつまであんな感じで見えてるんだ? 」
「あれはそれぞれの相手に、恨みを持ったまま死んでいった
「なるほど、取りつかれていても、気づいていなければそれほど影響は出ないのか」
「いや、やっぱり影響はあるよ。少なくともずっと
「そしてイライラするからまた悪さをすると。分かりやすい悪循環だな」
「でも、ああやってこの先見える状態が続いたら、きっと誰からも相手にされなくなると思うんだ」
「そうか、今日
「多分夜も眠れないでしょうね。そのうち衰弱して死んじゃうかも」
「自業自得といえばそれまでだがな。そしてどうなる? 」
「あいつらに取りついていた鬼の恨みが晴れれば、自然と消えていくと思う」
「ふーん、うまくやったじゃないか。
「えへへ、当ったり前じゃない、何をいまさら」
四娘が鼻高々に胸を張る。
「……ところで、おれにも
「んー、知りたい? うふふっ」
なにやら背後を見つめ指を折りだしたので慌てて
「いや、やっぱりやめとくわ」
そのとき、
「おふたかた、ちょっとよろしいですかな? 」
と、後ろから声をかけてきた者がいた。
燕青が振り返ると、四十代後半くらいの、
派手ではないが、隅々まで手の込んだ仕立てであることがひとめでわかる。
「あの、どちらさまですか? 」
「これは失礼。わたしはこの先の『
「金夢楼?あ、さっき
「いえ、実はそちらの道士様にお願いがありまして」
「え、あたし? お願いってなあに」
「はい、ここでお話するのは少々
「ねぇ、何だか知らないけど、困ってるならあたし相談にのってあげようと思うんだけど」
「とはいえ、お前を
「それも
「ん、まぁそれもそうか、では洪どの、ご同行いたします」
「ありがたい、それではこちらへ。ああ、この店のお支払いはわたしが」
洪泰元のあとについて「金夢楼」へと向かった。
数軒ある
表の
まだ日暮れ前であり、店に来る客は少なく、ほとんど誰にも会わずに主人の部屋へと招き入れられた。四娘は興味津々で、目を輝かせながらあちらこちらと視線を泳がせっぱなしである。
やがて娼妓見習いの
「さて、いきなりですが、道士様へのお願いと申しますのは、この店の一室に現れる
それを聞いて四娘は燕青の方を見た。それに対して燕青は
「詳しく話を聞かせてください」
「はい。ことの始まりは三ヶ月ほど前のことでございます。この店のいちばん奥に、うちの
「商売繁盛、めでたい話ですが、だった、とは? 」
四娘は歳のわりに
「ここからはあとでうかがった話です。
(え! あいつなの、そりゃ呪われるわ)「それは人の形をしたものですが? それとも獣のような? 」
「最初はうっすらぼんやりと、白い何か、としか見えなかったそうですが、やがてむくむくと立ち上がり、人の背丈ほどになるとともに姿がはっきりとしてきまして、どうやら白い服を着た女の後姿らしい、ということがわかりましてな」
「なるほど」
「驚いた唐回さまが、慌てて大夫を揺り起こしたのですが、一向に目を覚まさなかったそうで、必死になって揺さぶっているうち、その女が後姿のままふっと一瞬で消えまして。それと同時に大夫が目をさましたのです。唐回様は恐ろしさのあまり、明かりをありったけつけて、そのまままんじりともせずに、夜明けまで大夫に抱きついて震えていたそうです」
(ざまぁみやがれ、自業自得だ)「ええと、そのあと唐回さんはどうなりました?」
「それにすっかり懲りてしまわれたのでしょう。この
(生身の人間には平気でひどいことをするのに、鬼にはからっきし意気地がないんだね)
「へぇ、それは痛手ですね」
「はい、金夢楼にとってはお金払いのよい
「しかし、怪しい姿が見えただけで、特に何かされたわけではないのですね? 」
「まぁ、その日だけのことなら、唐回様の見間違えかもしれないわけですし、私どもとしてはそれほどおおごととは思っていなかったのですが」
「ということは、他にも? 」
「はい、次の日から、王扇大夫の部屋に、お泊りのお客がいらっしゃる時には、毎度その白い女が現れるようになったのです」
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