第四章 文昌千住院~康永(三)
取り巻きらしき男たちが、
その男たちの中に、
どうやらこれが「
「爺さん、いけねぇなぁこんな腐った桃を売ってちゃぁ。こんなのを食べて、若が健康を損ねたらどうするつもりだったんだよ、え? 」
柳葉刀をこれ見よがしに光らせながら、薄汚れた
「それはわしの売っていた果物ではねぇだよ。あんたらが買うふりして混ぜ込んだもんじゃねぇだか! 」
「おいおい、俺たちのせいにする気かよ、証拠はあんのかよ証拠は、えぇおい? 」
老人を背に
「証拠も何も、私が見たわよ! そっちの黄色い服の男が、自分の懐から出した桃を籠に入れたんじゃない! 」
「へぇ? 俺がかい? 知らねぇなぁ、おい、お前見たかよ? 」
「うんにゃ知らねぇなぁ、お前はどうよ? 」
「見てねぇなぁ、おれは目がいいのが自慢なんだけどよ、へっへっへ」
「ほらみろ、俺たち4人とも、誰も見てないんだけどなぁ? 若旦那もご覧になってませんよね? 」
「若旦那も入れて4人が見てねぇ。お嬢さんひとりだけ見てる。どっちの言ってることが正しいか、お役人に聞いてみようか? えぇ? 」
「くっ! 」
娘は青ざめた顔で男たちを
店先まで出てきて、成り行きを見守っていた燕青と四娘であるが、あまりにも見え見えの、
(青兄、あいつら口裏合わせてあのおじいさんを
四娘が燕青にささやく。
燕青も胸のむかつきを抑えきれなくなりつつあるのは確かだ。だが
(この場であいつらをぶちのめすのは簡単だが、爺さんとあの孫は、おれたちが去ったあともこの町で暮らしていかなきゃならない。何とか
(そうか、あたしも考えてみる)
四娘も眉をしかめて考える。
その間にも、満を持した
「ほっほっほっ、まぁ間違いは誰にでもあること。お前たちもうそれ以上責めるのはおよしなさいな」
「ですが若旦那。こんな言いがかりをつけられたんじゃぁこっちの
「まぁまぁ、お前たちが怒るのももっともな話だわ、どうざんしょ
「なに言ってんのよ! 言いがかりつけてるのはそっちでしょ! 」
蒼瑛が叫んだ。
「おやおや、まだ自分の罪を認めようとしないのね、仕方ないわ、お嬢さんには自分がどんな悪いことをしたのか、我が家で十分にお話させていただきましょうか。お前たち、お嬢さんをお連れして」
「やめろ、孫に手を出すんじゃねえ! 」
管の爺さんが取り巻きにすがりついたが、
「やぁねぇ、人聞きの悪い。お話するだけよ、お・は・な・しっ。分かってくれればすぐお帰りいただくわよ、おほほほ」
(もう勘弁ならねえ! ぶっとばしてやる! )
とびだそうとした燕青の腕を四娘が掴まえた。
(どうした? なにか思いついたのか? )
(ひとつ手があるんだけど、道士としてはけっこうまずいかも。
(わかった。時間がない、やってみろ)
背中をぽんと叩かれて四娘は勇気百倍である。
左目に被さっていた髪の毛を掻き上げて耳に挟み込み、「
(……陽陰反転魍魎顕現、来鬼出霊、
小さな気合いとともに、若旦那と取り巻き連中を2本の指で指し示した。
すると、5人の男の周辺に、黒い霧のような影が渦巻き始め、段々と色が濃くなり、やがて人の形のようになったかと思うと、男たちにまとわりつき始めたのだ。
「ぅおぉおおぉーん」「おおぁぁあおぉ」
それもひとりの形ではない。5人の男たちそれぞれに、少なくて2体、若旦那にいたっては男2体女3体が、両手両足や首筋に、おぞましい形相でへばりついているのだ。
その様子を、遠巻きに
「おい、あれこの前、唐の野郎に
「あの男にしがみついてるのは、斬り殺されたけど下手人がわかってない、
「うわぁ、こんなにはっきり
「ほらみろ、悪いことばかりしてるから
「お前らみんな地獄から迎えがきたぞ。素直に連れていってもらえ! くたばりやがれ」
日頃からいかに嫌われていたのかがよくわかる。野次馬は誰ひとる、助けるでも哀れむでもなく、
「ひ、ひぃぃ」
唐の若旦那は腰を抜かし、必死になって、まとわりついてくる
他の取り巻きたちも、どれほどの恨みを買っていたものか。あちこちに刀傷を負った鬼、首に縄が巻きつき、舌をだらりとたらした姿の鬼、毒をもられたのかぐずぐずに皮膚の崩れた鬼たちが、振り払っても振り払っても体から離れようとしない。やがて若旦那と取り巻きたちは、悲鳴を上げながら
その姿を見て、野次馬たちはやんやの
「やーい、ざまあみろ
「そんな不吉な店に誰がいくかよ!潰れっちまえぇ! 」
「おい、爺さん、蒼瑛さん、奴ら逃げたぜ、今のうちに」
野次馬から声をかけられ、呆然としていた管の爺さんと孫ははっと我に返り、荷物を拾い集め群衆に頭を下げてから逃げ出した。
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