第三章 二仙山~文昌千住院(五)
大きめの寝台なので、ふたりでも充分に寝られるし、兄弟だという触れ込みで伝えてあるのでおかしなことではない。もちろん燕青にはやましい気持ちなどこれっぽちもないのだが、果たして
ふと目をやると、
(おれが考えるほど、小融のほうでは意識していないのかもな。とはいえ……)
脳裏に、
寝台から枕と薄掛けを取り、
「え? なんでこっちで寝ないの? 」
と問いかけてきた。
「そんなとこ堅いし寝づらいんじゃない? 」
(まぁ確かにそうなんだけどね)と心の中で呟くも、
「やめとくよ、小融のいびきやら歯ぎしりやら寝言やらオナラやらで、寝られないと困るからな」
聞いて四娘、真っ赤になって怒ることおこること。
「な、なにいってんのよ! あたしそんなことしないから! 」
「あとおねしょも」
ものすごい勢いで枕が飛んできた。笑いながらそれを受け止める燕青。
「しないってば。もう、子供扱いばっかりして。腹立つ! 」
布団を頭まで被って
「あはは、からかってすまん。今日は初日だし、何かあったときすぐ動けるように榻に寝るだけだから気にすんな。それより明日も大変だからしっかり寝ておけよ」
「そうか……
「山で野宿するのと比べりゃ天国だ。気にしないで早く寝ろ」
そう言って燕青は、背負ってきた
誰かが来て部屋の扉を開ければ、その瞬間に気づくはずである。
月明かりの差し込む部屋の寝台で、四娘が上を向いたまま話しかけてきた。
「……ねえ、今日はいいから、明日から一緒に寝てくれないかな?」
「なんだよ、やっぱり怖くてひとりじゃ寝られないお子ちゃまか?」
「ちがうってば、あのね……男の人と一緒に寝ると、胸が大きくなるんでしょ?」
聞いて燕青は思わず吹き出した。
「誰だよそんなこと言ったの」
「
(あの子か)
燕青は、天竺生まれの肉感的な娘を思い出し苦笑いする。
「あのなぁ、男と一緒に寝たからって胸なんか大きくならないぞ。からかわれたんだよお前」
「え、うそなの? ……おんのれぇえあいつぅ! 」
「身長と同じさ。何もしなくても大きくなる時は大きくなるし、痩せてしまえば小さくなる。小融だって今は身長も胸も小さいけど、そのうち成長するって。心配すんな」
「そのうちっていつよ」
月明かりの中で、むくりと上半身を起こした四娘の影が見えた。
「あせるなよ。少なくとも今より小さくなることはないんだ。伸びしろしかないじゃないか」
「なぐさめになってない! 」
「それにな、男と一緒に寝るってのは、胸を大きくすることが目的じゃなんだぞ、そんなこと軽々しく言っちゃだめだ」
「わかってるわよそんなの。
「え? 何を聞いたんだ? 」
さすがに気になって、燕青も榻の上に身を起こした。
「えっと、あの……
自分で言っておきながら四娘、薄暗がりの中でもわかるくらいに真っ赤になっている。
(房中術って、男女の
首を振りながら燕青、ついからかってしまう悪い癖が出た。
「あのなぁ小融、男と一緒に寝るから胸が大きくなるんじゃないんだ」
「そうなの? 」
「胸が大きいから男が一緒に寝たがるんだ」
「えっ!」
驚いた四娘、顔の紅潮は失せ、月明かりでもわかるほど真剣な面持ちになっている。
「でも紅苑姉さん、胸なんて男に揉まれればすぐ大きくなるって」
「それも違う。揉まれたから大きくなるんじゃない。大きいのを揉みたがるんだ」
「ふ、ふえぇぇ……」
もううっすら涙目になっている。
それを見て、
(さすがにからかいすぎたか)
罪悪感を感じた燕青、慌てて
「あー冗談だよごめんごめん、男女が床を共にするのに胸の大きさなんて関係ないから」
「
(ありゃ、涙声だし鼻まですすっているし、こりゃいかん)
珍しく燕青は焦りだした。
「本当だって、たとえ胸が小さくても、一緒に寝ていて安らかな気持ちで過ごせた娘なんて、いくらでもいたぜ、安心しな」
四娘は一瞬、
「……いくらでも? 胸の小さい娘に限っても『いくらでも』! いったいどんだけの女と寝たのよこのスケベ鏢師! 」
寝台からとび降り、枕をひっ掴んで頭と言わず体と言わず、燕青を
(しまった、しくじった!)
やぶをつついて蛇を出したうえに、手負いの虎の尾を踏んづけてしまったことに気づいたので、あわてて取り繕おうとするが逆襲を食らってしまう。
「まて、違うそういうことじゃ」
「はぁはぁ……じゃぁ聞くけど、あたしと
腕組みをし、仁王立ちになった四娘に対して燕青、回答に困ってしまう。
(まったく女って、こういうことには子供でも知恵が回るんだな)
心中ボヤきながら必死に答えを探す。
「えー、そりゃあお前だよ、かわいいし」
「よくもまぁそんな白々しいこと言えるわねぇ!」
また枕でボカスカ殴り出す。
「やめろやめろ、わかった正直に言う、やっぱり歳も近いし翡円さんとかのほうが」
「結局おっぱいじゃんかぁ! 」
またボカスカ。
「ああ、そういえばおまえらに手を出したら羅真人に殺されるから両方無し、なっ!」
「どっちか、って聞いてるじゃんかぁ! 」
ボカスカボカスカ。
「あーやっぱりどっちも魅力的だから両方いっぺんに」
「誰でもいいのかやっぱりドスケベ鏢師めぇ! 」
ボカスカボカスカボカスカ
(王手飛車角金取りかよ、ええぃ実力行使で
枕を奪い、一気に四娘の体をすくい上げ、もろとも寝台に飛び込んだ。
いきなりの出来事に驚いた四娘は、目を白黒させ口を大きく開けたまま固まっている。燕青は四娘の頭の下に左腕を差し込み、右手で軽く腰を抱えた。
「さて、お望みの通りだが、どんな感じだい小融?」
「あ、あわわわ……」
初めての体験である。たくましい男の両腕の中で、顔を紅潮させ、唇を
「な、別にそんなにいいもんじゃないだろ? 本当に好きになった男とでなけりゃ、暑苦しいだけだ。慌てることも、胸にこだわる必要もないぞ」
左手を頭の下からゆっくりと抜き、枕を差し込んでからその手で頭を撫でる。腰から右手を離し、薄掛けをかけてからまた軽く腰に手を回す。
「ううぅ」
四娘は薄掛けを引っ張り上げ、目だけ出して落ち着きなくキョロキョロ視線をあちこち散らしている。初めて身近に感じる、
ましてや月光に映える白い肌に、
「な、お前は小さいけど見た目は可愛らしいし、いずれ背も胸も大きくなって、言い寄ってくる男だってたくさんできるさ」
「そ、そんななぐさめなんかいらないよ」
「いや、なぐさめじゃないぞ。自分で言うのも何だが、おれもそこそこの数の女性と付き合いがあった。そんな中でもおまえは十分に魅力的だよ」
「ほ、ほんと? 」
「ああ、ただし13歳の子供にしては、だ。悪いけどな」
「うん。わかってる」
「そしておれは、おまえがどれだけ魅力的に成長しようとも、この旅の間におまえに絶対手を出したりはしない。おまえは妹のようなものだから」
「う、うん」
「そしてなにより、おまえに手を出すと羅真人さまに殺されるからな。それを承知のうえで、やっぱり寒いとか寂しいとか思ったときは、いつでも寝床に入ってこい」
「……おねがいします」
「で、今日は? 」
「……このままで」
頭の上まで薄掛けを引っ張り上げて隠れてしまった。
それを見て微笑んだ燕青、糸を探して指に掛け直し、薄掛けの上から軽く四娘を叩きながら、大あくびをして肘枕で寝入った。
健やかな寝息を聞きながら、薄掛けの中で緊張していた四娘もいつしか眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます