第三章 二仙山~文昌千住院(四)
道々歩きながら、落ち込みから回復したらしい四娘は、宋国やその周辺国、その他色々なことを教えてほしいと言い出した。
燕青は梁山泊にいた時に、機密担当軍師だった「
そのためおよそ普通ならば知りえないような、宋国内の裏情報や周辺国との外交関係などについて、一般人よりも詳しく知ることができていたのである。
「おっほん、それではこれからお子ちゃまの
「……ナニソレ、おっさんくさい、気持ち悪い」
「……おれが悪かった、もうしないからそういう目で見るのヤめてもらえるかな」
「まぁおっさんだから仕方ないけどさ」
「お兄さんと言え!」(元気を取り戻すと、途端に毒舌になるんだなまったく)
ヤレヤレ、といった風情で首を振りながら、燕青がおおまかな情勢を説明した。
「二仙山がある
この好機に宋国は金国との契約で、
「金国が攻め落としてから、全軍の責任者である
「なにそれ、恥知らずだわね」
「宋の朝廷は恥知らずばかりさ。特に枢密使長官の童貫、
「そんなに悪い奴が偉そうにしてるのって、腹が立つね」
「高俅が梁山泊に攻めてきたとき、生け捕りにして相撲で投げとばしてやったことがあるんだが、今にして思えば殺しておきゃよかった。恨んでるだろうなあいつ」
燕青の推測通り、深い恨みを持った高俅が、このあと梁山泊の生き残り、特に燕青を目の敵にして、亡き者にしようと
「そんなことがあったなんて全然知らなかった。そういえば二仙山のあたりって、昔は普通に遼の人も宋の人もうろうろしていたよ」
「むしろ遼の中で漢人が暮らしていた、と言うべきかな。遼のものになってからかなり経つし、なんたって土地が続いているから往来は止められない」
「じゃあ、仲良かったの?」
「昔攻め込んできたときの、遼の略奪や虐殺はひどいもんだったそうだ。当時『
「むごい、人間のやることじゃないわ! 」
「違うな、人間しかやらないことだ。むしろ動物はこんなことをしない。そしてそんなことをするのは遼の奴らだけじゃない。宋だって、金だって、戦いの場では平気でそんなことをするものなんだよ」
聞いて四娘は深々とため息をついた。
「そんなんだもの、どこへ行っても無惨に殺された人の
四娘はそう言って、近くの草むらや木陰を次々に指さした。どうやら日も高いというのに、彼女の目には数多くの
「遼って結局強いの?弱いの?」
「強かった。だが近頃は金の方が強い。以前は遼の手下みたいに扱われていたのに、今は逆に金が攻め込んでいて、遼はかなり弱っているから、そのうち滅亡するかもしれない」
「ころころと状況が変わるんだね」
「宋だっていつ滅ぶかわからないぞ……おっと、あの山の中腹の建物、あれがきっと今日泊めてもらえと言われた
「分かった」
道観に着く頃には、すでに夕暮れ時になっていた。
取次の道士に
もちろん、泊めてもらうお礼にと、出発の時に渡された路銀(例の袁兄弟が奪った金を路銀としてもらったもの)から、普通の旅館の一泊分の倍ほどの金額を「寄進」と称して渡したおかげでもあるのだろう。
割り当てられた客舎の、質素な卓の前に座ったふたりに、
とはいえ、そこは護衛の本分を忘れない燕青である。空腹でグーグー腹の虫を大合唱させている四娘に因果を含めてから、料理を少しだけ口に含み、まずは噛まずに舌の上に
さらに少し時間をおいて、全ての料理に異常がないことを確認したうえで、四娘にうなづいて見せた。とたんにお預けを解かれた犬のように、料理にむしゃぶりつく四娘。
四娘が食べ終わる頃になってはじめて、燕青はゆっくりと食事を口に運び始めた。一応毒味はしたものの、
羅真人が懇意にしている道観で、毒を盛られる理由もないし、可能性も極めて低いのだが、これから先の旅での予行演習として、四娘に知らしめる意味も含めての行動なのだ。
食後の茶も、同じようにしっかりと時間をかけて確認したあと、やっと一息ついて旅装を解こうとしたとき、はたと気づいた。部屋に寝台がひとつしかなかったのである。
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