第四章 文昌千住院~康永(一)
(イメージイラスト 祝四娘)
https://kakuyomu.jp/users/tenseiro60/news/16818023213952093152
朝、道観の
羅真人からの各道院への紹介状の他に、
ふたりは五十がらみの
「馬かぁ。わたしいちども乗ったことないんだよね」
「そうか、それじゃぁ、慣れるまでは1頭でいいかな。周さん、この中でいちばん大人しい馬はどれだろう? 」
「へぇ、まぁ大人しいといえばこいつですけんども、だいぶ年寄りなもんで、ちょいとオススメはできかねるかと」
「ふぅん、この馬か」
ふたりは
馬は、
「……なんか馬にバカにされた気がするんだけど」
と、四娘がふくれっ面になるのを見て、つい笑ってしまった燕青だが、
「まぁこの馬は、たぶんおまえより大人だから、バカにされても仕方がないよ。周さん、この馬で頼むよ。年取ってる分、賢いだろうし無茶しないだろうから」
と、首筋を軽く叩いてやると馬は嬉しそうにブルルと鳴き、鼻面をこすりつけてきた。
それを見て四娘も、恐る恐る背中を撫でたのだが、尻尾でピシャリと手を叩かれてしまった。
「あはは、認めてもらうにはまだまだかかりそうだな。周さん、できるだけ使い込んでいる
「へぇ、使い古しで悪いけんども、まだ2年くらいは使えそうなのがありますんで、あれを付けてさしあげますだ」
「すまないね、助かる」
というのを聞いて、四娘は燕青の袖を引き小声で
「ちょっと、なんで新しいのをもらわないのよ?」
周は耳ざとく聞きつけたようで、笑いながら説明した。
「ああ、お嬢さん。鞍ってぇのはあんたが思っているよりもかなり固いもんなんだべ。だから新品の鞍に、慣れないあんたが乗っちまったら、まぁ半日で尻の皮が
「そうか、それでできるだけ使い込んで、柔らかくなったやつをもらったのね」
「そういうこと。まずは小融が普通に乗れるようになるまで慣れてもらう。そうなったら、途中でもう1頭手に入れて、そこからは2頭で旅をしよう」
「なるほど、わかった。できるだけ早く乗れるようになるわ」
「お嬢ちゃん。乗ると考えちゃだめだんべぇ。ちゃんと馬の面倒をみて、仲良くなって、素直に『乗せてください』と思ってれば、こいつはまぁおかしなことにはならねぇだよ」
「はい、そうします。ところで、この馬の名前はなんていうの?」
「こいつのこたぁ、白い兎で
「はは、
「うん、よろしくね白兎馬」
首筋を撫でると、今度は機嫌良さそうにブルルと応える。
燕青は白兎馬の
しばらくは馬上からの眺めに興奮していた四娘だったが、文昌を抜け、街道に出てしばらくしてからうーうー唸りはじめた。顔が紅潮し、苦しそうな表情である。三十里(15㎞)ほど来たころ、ついに
「ちょ、ちょっとまって、ちょっと止めて!」
「どうした、おしっこか?」
「何かっていえばそればっかり、違うわよ、あの、お、お尻が」
「なんだ、横に割れたか?」
「違うってば、痛いんだよ、いったん降ろしてよ」
「あいよ」
白兎馬を止め、四娘を抱き下ろし、近くの木に馬をつなぎ振り返ると、四娘は膝をガクガク、太股をプルプル震わせている。
乗馬の初心者は、まず馬の上下動にうまく合わせられず、尻の皮が悲鳴を上げる。また
「最初はみんなそんなもんだよ。歩けそうか? 」
「うー、もうちょっと休めばお尻の痛みが引くと思う」
「皮が剥けていないなら、金創薬があるが、塗るか? 」
「う、うん。ちょうだい。自分で塗るからあっち行っててよ」
「まぁ、おれが塗るわけにゃいかないわな。馬に水を飲ませてくるからその間に塗っておけよ」
近くの小川に降りて白兎馬に水を飲ませ、水辺の草を
「それじゃぁ、行こうか」
と、白兎馬を引きながらふたり連れだって歩き出した。
「もう二刻(4時間)も歩けば、
「うん、お尻の痛みも消えてきたし、大丈夫だよ」
「康永に着いたら
「そうだね」
という答えを聞いた瞬間、逆にはっと気づいた。
道士は肉や魚をたべられないのではないか。自分のことばかり頭にあって、つい忘れてしまったことを、燕青はひどく恥じて謝った。
「す、すまん」
ところが四娘はきょとんとした顔で
「え?なにが」
ときたものである。
「だって、道士は肉や魚は食べちゃいけないんだろ?」
「あぁ、まぁよくそう言われるんだけどね。
「と、いうことはつまり?」
「ちゃんと火を通したものならいいってさ、てへへ」
ならば
ちなみに、道教の二大流派である「
「それもあるし、あたしチビだから細かいことは気にせず、とにかくたくさん食べて大きくなれって言ってたし」
それと聞けば、一刻も早く町に着きたくなるのが人情である。
燕青は白兎馬に飛び乗り、四娘を引っ張り上げて自分の膝の上に横座りにさせると、軽く馬の横腹を蹴った。
白兎馬は首を曲げて背中のふたりをしげしげと見、ふぅーと長く鼻息をはき、やれやれといった風情で首を振ってから前を向くと、突如物凄い勢いで走り出した。この早さで走り続ければ、この後、
初秋の街道を、砂埃を巻き上げながら、まさに白い風のように走り続け、ふたりと一頭はあっという間に町に着いた。
白兎馬が町の入口でゆるゆると速度を落とし、やっと止まった。二刻はかかると思っていたが、一刻かからずに着いてしまった。
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