第一章 薊州顕星観(五)
門から現れたのは、
「ほっほっほっ、うまく祓えたようじゃの? ん、
「は、はぃ」
「で……一人でやれたんじゃの? え?誰の助けも借りずに? たった一人の力で、のぉ? ほっほっ」
笑顔をぴくりともうごかさず、老人は
「え、えとあの、その……はぃ……」
四娘は眼をそらしながら答える。
「あ~? 聞こえんなぁ~。一人で! 誰の助けも借りずに! やり遂げたんじゃの? ん? ん? ん?」
回り込みながらしつこく顔を覗き込みまくる老人。
小乙は見ていられず、笑いをこらえながらブルブル震えている。この老人、いい歳してなかなかに底意地の悪い師匠である。
とうとう耐えきれず四娘、完全に下を向き、半べそをかきながら
「ずびばぜん
と小乙を指さした。
「知っとるよ、最初から見とったからの、ほっほっほっ」
「えっ! 最初って……どっから?」
「お前が五人に囲まれたところからじゃの。こりゃいかん、と思ったが、そちらの若者が助けてくれそうじゃったから、後ろから見させてもらっておったわ。ほっほっ」
……ほんっとに意地の悪い皮肉ジジイめ! いつか見てなさいよ! と、心の中で毒づく四娘。一方、
・・・・・・全く気配を感じなかった。さすがに師匠と呼ばれるだけある。
小乙は少し悔しかったが、とはいえいざという時のために、こっそり見ていたのだとしたら、意地悪そうに見えて、案外弟子思いなのかも知れないな、とも思う。
「さて、小融が嘘をつきよったことは、また後で詳し~く聞くとして」
ちらっと四娘を見る。もうこうなると四娘は生きた心地がしない。小さな体をさらに縮めている。まさに穴があったら入りたい、という
「改めて小融を助けてくれたこと、礼をいいますぞ。ところで」
小乙に近づき、顎に手をあてながら、しげしげと顔を見てから、小さな声で
「はて、おぬし、『星持ち』じゃな?」
小乙は息をのんだ。弟子の四娘でさえあれほどの術力を持っているのだから、その師匠がさらに上をいくのは当然として、ひと目で「星」のことを見抜かれるとは、想像していた以上にすごい力の持ち主だぞこの老人……
小乙が驚いて身じろぎもしないのを見て老人は、「失礼ながら、お助けいただいた礼に一席設けたいのだが、いかがかの?」と笑顔で誘ってきた。
はっと我に返った小乙、今後の行く末も含め考えを巡らせた。
特に急いで行かなければならぬ目的地はない。というかそもそも恩人や仲間と別れてから、この先どうするか何も決めていない。路銀も十分あり、流浪の旅に出るくらいしか考えていなかった。ちょっと寄り道をして、この不思議な老人の話を聞くのも面白そうだ。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「そうかの。いや、実はわしのところにも、もうひとり『星持ち』がいるのじゃ。おぬしも知っている顔だと思うが」
あれだけいた仲間も、今では三分の一に減ってしまたが、はて、誰のことだろう。
「失礼ながら、ご老人のお名前をお聞かせ願えますか?」
「ほっほっ、隠すほどのことでもない。人はわしを『
この方が羅真人さま! ということはつまりもう一人の「星持ち」とは・・・・・・「入雲龍」の兄貴か!
「羅真人さまでしたか。驚いた、実は近々、二仙山にもお伺いしようと思っていたのですよ」
「ほう、左様か、偶然とは恐ろしいの。では急ぎ山へ戻るとしよう。これ小融、ぼさっとしとらんで
言われた四娘、庭に跳び降り、地面に木の枝で何やら奇妙な文様を描き始めた。それを見た羅真人、小乙を振り返り
「と、その前に、おぬし済まんが、さっきの袁兄弟とやらがくすねてきたお宝を探して持ってきてくれんか」
「え?」
「いや、貧乏道観としては、弟子どもを食わせていくのもなかなかと物入りでな」
おいおい、たとえ強盗がみんな食われてしまったからと言って、お宝を返すでもなく横取りするのかよ?真人さま意外と現実的だな。
金銀が入った大きな麻袋を一つ、廟の奥で見つけ、それを背負って庭に戻ってみると、どうやら「縮地法」とやらの準備が出来たらしい。
中心に太極の図、その周囲に
その中心、太極図柄の「陽」の部分に羅真人、「陰」の部分に祝四娘が立っていた。
「おお、来たかの。ではお前さんもこちらに立つがよい」
招かれた小乙も円の中に入り、羅真人の隣に立った。
「では今から二仙山に飛ぶとしよう。揺れたりせぬが、間違ってこの陣から出てしまうと、別の
羅真人はさらりと恐ろしげなことを言う。四娘は会わせた袖の中で何やら
「彖曰、旅、小亨、柔得中乎外而順乎剛、止而麗乎明是以小亨旅貞吉也。旅之時義大矣哉……」
太極の外側、八卦を描いた枠が、光を発しながら徐々に廻りはじめた。やがて文字が読めなくなるほどの速さになったかと思うと、一瞬周囲が暗黒に包まれた。
六十数えるほどの時間が経ち、徐々に暗黒が薄れ明るさが増してくる。廻っていた光の速度が段々遅くなってきて、やがて完全に動きを止めると、周囲の様子がはっきりと見えてきた。
驚いたことに、三人は先程までいた道観とは全く別の場所に転移していたのだ。山の中なのは同じだが、明らかに先程までいた山より遙かに高い、白雲に包まれた
足元は平らな石畳で、周りを見回すと、綺麗に手入れされた別の古道観の中庭だった。小乙は目を白黒させている。
「ついたぞ。ここが二仙山じゃ。わしや小融や、公孫勝が修行しておる場所じゃよ。もっともわしはもうそろそろ、
「は、はぃ……」
「縮地法の紋様、ずいぶん上手く描けるようになったのぉ、ほっほっほ」
「そ、そうですかぁ、いやぁそれほどでもぉ、でへへ」
と、得意満面の笑みを浮かべたところへ、
「……ところで、さっきの祓いのことについてじゃが」
「夕食の準備手伝ってきまーす」
脱兎のごとく逃げ出す四娘。その後ろ姿を愛おしげに見る羅真人。
やっぱりなんだかんだ言っても
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