インターハイー4
六月第一週目、インターハイ県予選の日を迎えた。団体戦一次予選とそれに次ぐ二次予選を男女チームとも危なげなく通過し、その勢いのまま快進撃を続けてアベック優勝を果たした。男子個人戦では祐介と竹史が予選および準決勝戦を四射皆中で通過した。
竹史には祐介が率いる団体チームが全国大会にコマを進めたのはもっともな結果だと思えた。
祐介が個人戦で全国大会に進むことになったのも、竹史には当然の結果だと思えた。しかし、二位となった自分がともにその切符を手にしてしまったことには当惑を隠せなかった。人前で行射するのはいつまでたっても好きになれない。団体戦は祐介のためという名目で自分を鼓舞することができる。いっぽう、個人戦は常に葛藤との闘いだった。祐介があこがれ続けた大舞台にともに立ち、観客よりはるかに間近で彼の最後の射を見届ける機会を得たのだ。そのことを喜び、他は何も考えないようにしよう。そう、自分を納得させた。
二か月後に全国大会が開催された。男女個人戦で幕を開ける。県大会以降も祐介と竹史の調子が崩れることはなかった。予選と準決勝をふたりとも軽々と通過する。祐介に無言で肩を叩かれ、竹史は祐介とともに決勝戦の
決勝戦に進んだのは二十六名。会場の雰囲気ががらりと変わり、一気に熱を帯びたのに気づいた竹史は、落ち着かなくなった。
二段目で五人が、三段目で六人がそれぞれ脱落し、残り十名にまで絞られた。そのときまで祐介とともに危なげない射で的中を重ねていた竹史は、期待に満ちた無数の視線に、いやがおうにも高まっていく会場の興奮に、強烈な不快感を感じ始めた。腹を開き内臓を取り出してしげしげと観察されちょるようじゃ。気色悪い。不快感は苛立ちへと変わった。楽しくねえ。俺がやりてえんは、こげんことじゃねえ――
そのまま迎えた四段目、第一射場の
選手が下がり、
きれいじゃの、試合で奮い立ったゆうは、なんし、こげんきれいなんじゃろ。――ゆう、しっかりな、俺はおまえの最高の射を見させてもらう。
無言で祐介の目を見た。
竹史は思う。ゆうとふたりでまた弓が引きてえ。ゆうは俺の射を褒め称えてくれるけど、俺は自分の射がそんなたいそうなもんとは思っちょらん。俺が望むんは、静かにゆうと弓を引くこと。ゆうの射を見て、ゆうに俺の射を見てもらうこと。己と向き合い弓道の世界を極めたいなんて、そんな大それた目的なんち、たぶん持っちょらん。ましてや、注目を浴びて大歓声の中で行射するなんち、もう、まっぴらじゃ。ただ、気持ちよく弓を引きてえ。ゆうに笑ってもらいてえ。
* * *
四位から八位の順位決定戦が行われる前に、準優勝を決めた祐介が竹史をつかまえた。
「たけ、他のやつらん目はごまかせても、俺の目はごまかせんけえの。――見ちょるぞ」
竹史の肩をつかみ、それだけを言って竹史の目を見据える。ゆうの目に俺はどげなふうに映っちょるんやろ。竹史はひっそりと笑う。
四位から八位の順位決定は、決勝戦の四段目で外した六名がひとつの的に矢を一本ずつ射込む
観客席の中川がため息をつく。
「
疋田がうなずく。
「さっきの四段目の射はなんじゃ? 今の射があんときでちょったら、﨑里といい勝負じゃったやろうに」
高原が射場に目を向けたまま言う。
「でも、それを含めての技術じゃけえ。あの場でこの射が出せんかったんは、悪いけど、
中川と疋田が苦笑する。
「高原、おまえってさあ、いつも容赦ねえよなあ。いつだって正直なんが正しいっちわけじゃねえんやでえ」
「それ、
疋田の言葉に中川が声をたてて笑い、高原は無言で射場を見つめ続けた。
翌日から行われた団体戦では、部長である祐介が率いる男子チーム、副部長である高原が率いる女子チーム、ともに三位と健闘し、男女ともに大きな成果を残した。竹史は予選から皆中を続け、チームを鼓舞し続けた。インターハイ団体戦では一射も抜かなかった。
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