インターハイー2

 インターハイ予選の団体チームメンバーは、四月にはすでにほぼ決定していた。祐介たち、新三年生が強かったからだ。男子は、祐介は言うまでもなく、竹史と疋田も全国大会を目指せるレベルにまで成長しており、中川もそれに次ぐ技術を身につけていた。それに新二年生の五十川を加えた五人がメンバーに内定していた。女子は高原、安東の新三年生と、新二年生の越智、新入生の稗田ひえだ成迫なりさこが選ばれた。というより、女子部員はその五名しかいなかった。一年生のふたりが、中学生の時から市の弓道教室に通う経験者であることがありがたかった。立順も、女子はすんなりと、安東、稗田、越智、成迫、高原の順に決まった。男子は少しもめた。


「﨑里、小嗣こつぎはどこに入れる?」


 顧問の広津留が的前まとまえ練習をする部員たちから目を離さずにたずねた。部長の祐介が考え込む。


小嗣こつぎは協調性がねえっちゅうか、射に愛想がねえっちゅうか、適所を見極めるんが難しいのう。ただ、実力は、ある。前の選抜の三人立さんにんたちんときは、疋田、小嗣こつぎ、﨑里の順で、なかやったけど、五人立ごにんたちであいつをなか落前おちまえに持って行くっちゅうんも、悩ましいんよ」


 広津留のその言葉に、しばらく考えていた祐介が口を開いた。


大前おおまえに、どうですか?」


 広津留は祐介を見て、言った。


「賭けじゃな。でも、小嗣こつぎの力を素直に発揮させられるなら、大前おおまえはいいかもしれん。あいつ、大舞台の場に飲まれるっちことは、なさそうじゃけんな。﨑里、おまえ、やれるか?」


 祐介は軽く視線を落とし、やってみますと答えた。男子は、小嗣こつぎ、中川、疋田、五十川、﨑里の立順となった。



 たけになんち切り出せば、うまく発奮させられるじゃろうか。二つ返事で引き受けたものの、祐介は考えあぐねていた。二年生の春、祐介は高原と付き合い始めた。そのころから、竹史が自分に対して一歩引いたように祐介は感じている。竹史の射が到達する境地を見極めたいという思いは薄れていなかったものの、祐介の心の中に高原という強く惹かれる存在が割り込んできたことは事実だ。それまで竹史と過ごしていた昼休みや部活からの帰り道は、高原とふたりの時間になった。結果として、部活以外の時間を竹史と共有することはほぼなくなっていた。もしかして、たけはそんことですねちょんじゃろか?


 あからさまに変わったようには見えない。話しかければ、ちょっとふてくされたように返事を返してくる。こと弓道に関しては、祐介の言葉を蔑ろにすることはない。それはいままでの竹史の様子と変わりなかった。


 しかし、ふたりでしゃべっているときに話題が容子のことに及ぶと、わずかに顔をゆがめることがあった。祐介と軽口をたたくことも減り、弓道場では中川や疋田としゃべることが多くなっていた。そのくせ祐介が高原としゃべっていると、しばしば竹史の視線を感じた。やっぱり容子んことじゃろのう、祐介は重苦しい気分になる。


 竹史が高原をどう思っていたのか、祐介は知らない。しかし、彼女を毛嫌いする素振りを見せていたのは、むしろ、関心の表れじゃったんかもしれん、そう思うようになっていた。容子は「きっぱりと振られた」なんち言っちょったけど、本当はあいつ独特の照れ隠しだったんじゃねえか? 俺が容子を横取りしたんじゃねえか? そう思うと、苦しくなった。



「男子から五人立ごにんたちたち練習やるぞ、最初は三年と五十川で」

 祐介が声をかけ、広津留顧問と考えたインターハイチームの立順を告げる。大前おおまえを告げられた竹史が祐介をちらりと見て、目を伏せた。


 射位に五人が並ぶ。竹史が弓を構え、打ち起こそうとするが、どことなく精彩を欠いている。矢勢がなく、的の右端ぎりぎりにてる。弛緩した雰囲気が伝播し、中川が的を外す。疋田が何とか食いとどめて中てる。五十川はチームのちぐはぐな雰囲気に動揺したのか大きく外した。心の中でため息をつきつつ、祐介はてて締める。二射めも変わりなかった。結局、竹史は器用にも四つ矢すべてを的の外黒の三時方向に集中させ、そのきれの悪い危うげな射に飲まれた中川が一中、五十川が残念というさんざんたる結果になった。こりゃ、広津留先生には見せられんな、祐介はそっとため息をつく。


「次、二年生。疋田、大前おおまえに入って。二的にてき佐伯さいきなかに五十川、落前おちまえに佐藤、大落おちに岩崎」


 二年生がまだどことなくぎこちない体配で本座から射位に向かう。射位につくと、次々と矢を放つ。五十川はこちらの方が気兼ねなく弓を引けているようだ。祐介はちらりと立を終えた三年生に目を向けた。竹史は中川と何かしゃべっている。


「次、女子の立な。高原、よろしく。そんあと、二年生と三年生は射込み、一年生は矢取りの練習な」


 女子が立を始める。こちらは男子に比べ、バランスが取れており、すでに力強い流れのあるチームになっている。祐介は射場しゃじょうの奥に目をやった。男子が数人しゃべっているが、その中に竹史がいない。探すと、中川とふたりで巻藁まきわらに向かっていた。交互に射こみ、射形を修正しようとしているようだ。しばらく後ろから眺め、声をかけずに射場に戻った。女子の立は終わり、射込み練習に移っている。高原が近づいてきた。


「﨑里くん、見ちょった? 女子は立順、問題ねえっち思うよ? あとはどんだけ息を合わしていけるかやね」




【注: 弓道用語ー5】



的前まとまえ練習:射場しゃじょうに立ち、的場まとばの的に向かって矢を射る練習のこと。


三人立さんにんたち五人立ごにんたち:団体戦でチームメンバーが三人、五人の試合形式のこと、あるいはそのチームのこと。三人立の構成は、大前おおまえなか大落おち、五人立は大前おおまえ二的にてきなか落前おちまえ大落おち


・残念:的に矢が一本もあたらないこと


・外黒:霞的にある三つの黒い同心円の一番外側の円(幅3.3センチ)。


巻藁まきわら:藁を俵型に束ねた練習道具。2メートルほどの距離から矢を射込み、射形を確認します。


射込いこみ練習:的に向かって実際に矢を射る練習のこと。チームを組まず自由に弓を引きます。

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