10.インターハイ

インターハイー1

 インターハイの弓道男子個人戦の決勝戦に進んだ選手は二十六名。射詰いづめ競射の四段目を終えた段階で、残った射手いては四名。ここで霞的かすみまとから一回り小さい星的ほしまとにかわった。


 射場しゃじょう後方に控え、祐介の背中を見ていた竹史はぞくりとする。終わりに一歩近づいた。中学一年のときから鍛錬し続けて六年目。この大舞台の、おそらく、あと数射が祐介にとって実質的にひとつの区切りとなるのだ。


 四名の射手が弓を引く。五段目で岩手の選手が外し、六段目で栃木の選手が消えた。残るは熊本の選手と祐介だけだ。熊本の選手の的に叩き込むような重たい射。祐介の貫禄を伴った軽妙な射。七段目、八段目。ふたりとも外さない。祐介は、わずかに眉根を寄せたいつもの表情で、淡々と弓を引く。おっとりとしたその顔に緊張の色はなく、上がり気味の口角はむしろ楽しんでいるように見える。


 観客席で固唾をのんで見守っていた疋田がぽつりとつぶやく。

「あいつ、すげえな」

 高原が無言でうなずき、射に見入る。


 熊本の選手が物見ものみをする。品位を感じさせる斜面打起し。祐介に負けず劣らず、気魄のこもった射。誰もが瞬きすら惜しみ、会にくぎづけになる。離れ。重厚な弦音つるねに押し出されるように、矢は的のほぼ中心を射抜く。竹史は祐介に目を走らせる。無表情で打ち起こし、悠々とした所作で引き分けている。大三だいさん、そしてゆるぎない安定感のある会。明るく澄み渡った弦音とともに離れ。たあん、とこちらも星を射抜く。竹史はようやく息を吐く。


 両者一歩も引くことなく競射は続けられる。九段目、十段目、十一段目。


 熊本の選手に続き祐介が的を射抜くと、中川がふうと大きく息をついた。

「なんか、もう、見ているだけで神経が参りそうやわあ」

 それに答えるものはなく、部員たちはみな無言で、食い入るように射場のふたりの射手を追う。


 十二段目。


 熊本の射手が的に矢をねじ込む暗い音が響いた。


 祐介の横顔が、竹史には一瞬、曇ったように見えた。

 

 祐介が弓を構える。こころもち、今までより間合いを長くとっている。あ、緊張しちょる?――気づいた竹史は息苦しくなった。先ほどまでの憎らしいほどの伸びやかさが感じられない。

 思念を吹っ切るように引き分け始める。大三、そして会へと向かう。その姿は、普段なら竹史が何より惹きつけられるものだったが、今は不安に胸が締め付けられそうになる。

 きりきりと引き絞られた弓は会を迎え、さらに伸び合おうとする。観客席からはしわぶきひとつ聞こえない。水を打ったような静けさ。


 そのとき、鋭い弦音が空を打つ。


 ついと放たれた矢は、的を外していた。




【注: 弓道用語ー4】


いくつか予備知識があるといいかなと思われることについて、下記に付記しておきます。


<インターハイ(高校総体)>

全国高等学校体育連盟が主催する高校生を対象とした日本の総合競技大会。毎年八月を中心に開催されます。事前に行われる県予選を経て、本選となる全国大会に進むことができます。弓道の場合、基本的に、団体戦は男女ともに各都道府県の優勝校のみが、個人戦は男女ともに一位と二位の選手がそれぞれ全国大会出場資格を得ます。


射詰競射いづめきょうしゃ

個人戦の場合、決勝戦でよく行われます。予選で最も的中数が多い選手が複数人いた場合に行います。同中(中たりの数が同じ)の選手が順に一射ずつ行射し、外した選手は脱落、複数人が的中した場合はさらに延長戦として一射ずつ行射していきます。高校弓道の場合、四段目(四射目)でも決着がつかない場合、一回り小さい(直径24センチ)的に交換して、五段目以降を行うことが多いです。


霞的かすみまと:直径36センチの的に同心円状に三本の黒い輪が入った的。主に一般人や中高生の弓道で使われます。


星的ほしまと:直径36センチの的の中心に直径12センチの黒丸(星)が入った的。主に大学弓道で使われます。


物見ものみ:的に顔を向けること。


・斜面打起し:弓の引き方の一種。弓を的の方向(体の左側)に構え、左手で弓を押し分けてから打ち起こし、引き分けていきます。


大三だいさん:矢の長さのほぼ半分まで弓を引いた状態のこと


かい:弓を引き分け、矢を放てるようになった状態のこと。

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