イチゴチョコアイスパフェー2

  桐淵きりぶちは学校から歩いて十分ほどのところにある、幹線道路沿いの小さなレストランだ。人好きのする痩せたおじいさんと背の高いお姉さんの二人で切り盛りしている。おじいさんは透明な糸で吊るされたマリオネットのようにふわふわと歩き、それとそっくりな歩き方をするお姉さんは、たぶん孫なのだろう、すらりとした体に小山のように突き出した胸、つやつやとしたボブカットに切れ長の目、オレンジ系のルージュをぼってりとした厚い唇にきっちり塗っている様子には、人懐っこさと色気が混じり合い、彼女目当てに足を運ぶ男子も少なからずいるらしい。


 お姉さんが持ってきたお冷にお義理に口を付け、祐介はいそいそとメニューを開く。とたんに心底幸せそうな笑顔がこぼれる。


「すげえ、パフェだけで二十種類くらいあるやん。うーん、迷うな。高原、どれにする?」


 高原はメニューをざっと見ると、すぐに、イチゴとチョコレートアイスのパフェを指さした。


「お、おまえ、決断、はええな。ええ、じゃあ、俺は、ええっと……よし、この白玉と焼きプリンのパフェにする」


 注文を済ませると、祐介が真顔になって高原を見た。高原はひるむことなく祐介を見返す。その視線をなんとか受け止め、何気ないていを装って口を開く。


「なあ、三組っち、どげな感じよ? 俺、今日初めて入ったけどさ、文系っち、女子多いやん? もうそれだけで雰囲気が全然違うんやな。比喩じゃのうてさ、本当に教室の空気がちごうて、びっくりしたわ」


 高原は口を開かず、お冷を飲む。


「泉とも別のクラスになったんやろ? 弁当、誰たちと食いよるん?」


 目を上げてじろりと祐介を見るが口を開かない。その強い視線に祐介はどぎまぎした。


「あ、あのさ――」


 それ以上言葉を続けられなくなり、あたふたしていると、高原がにこりともせずに口を開いた。


「言いたいことがあって、誘ったんやろ? はっきり言ったら? 小嗣こつぎくんから何か聞いたん?」


 口調は相変わらず強気そのものだ。しかしその目の暗さに祐介は不安を掻き立てられる。


「いや、あいつは何も言わん。でも――」


 もごもごと言う祐介に、高原はぷいと横を向く。


「――あのさ、おまえ、たけのこと、好きなんやろ?」


 思わず、そう切り出してしまったものの、その先が続けられなくなり、口ごもる。高原が横を向いたままその言葉を引き継いだ。


「そう、私は小嗣こつぎくんが好き。そして、振られたん」


 おそらくそうではないかと想像していたものの、竹史が好きだと明言し、悪びれることなく振られたと口にする高原に、祐介はひどく動揺する。沈黙ののち、高原が祐介を見据えながら口を開く。


「きっぱり、これ以上ないくらい、きっぱり振られたわ。変な期待なんて持てんくらい、はっきり断られた。いいんか悪いんかわからんけど」


 祐介が消え入りそうな声でつぶやく。


「あ、あいつ、そういうところ、容赦ねえけんな。遠慮ないっちゅうか、デリカシーがないっちゅうか。何もわかっとらんっちゅうか。――あのさあ、たけはまだまだ子供っぽいんじゃないかっち思うわ」 


 高原がくすっと乾いた笑いを漏らす。目は笑っていない。


「なあ、じゃけんさ、あんまり落ち込まんどって。まだ辛いと思うけど、部活、出て来いや。おまえ、県大会の団体戦、行けると思うんじゃ。ここが踏ん張りどころじゃけん、一緒に狙っていこう、な?」


 しどろもどろになりながら一所懸命に言葉を選ぶ祐介の前にぬっと巨大なパフェが現れ、祐介はのけぞった。


「お待たせしました。白玉と焼きプリンのパフェです。イチゴチョコアイスパフェもすぐお持ちしますね」


 ふたつめのパフェを運んできたお姉さんは見事な双丘をさらに強調するかのように胸を張り、高原に向かって人懐っこい笑みを送ると、ごゆっくりと言いながら店の奥に消えた。高原が小さくため息をつく。


「すごいねえ。男子が噂するんもわかるわ」

 祐介はパフェを見ながら返す。

「そうな、すっげえ、でけえわな」

 鼻息の荒い祐介に、高原が目をすがめる。

「なんが?」

「え?」


 祐介は何のことを聞かれたのかわからず、まじまじと高原の顔を見て、一瞬の間ののち、顔を真っ赤にする。


「パ、パフェの話に決まっとろう?」


 そう言いながら、慌ててプリンに長い銀色のスプーンを突きたて、口に突っ込む。途端に満面の笑みを浮かべる。


「うめえ! なん、このプリン。弾力があるねえ、すげえ滑らかで、めちゃくちゃうめえわ。高原、ちょっと食ってみん?」


 そう言って高原のほうに自分のパフェを押し出す。高原はどぎまぎしたものの、じゃあ、と自分のスプーンでプリンをひとすくい取り、口に運ぶ。


「ああ、ほんとじゃわ。これは本格的な焼きプリンやなあ。うん、おいしい」

「な」


 祐介は高原の顔を見て子供のように笑った。


 パフェを食べるうちに高原の表情が和らいできた。五分ばかり無言でスプーンを動かしたあと、低い声でぽつりと言った。


「﨑里くん、ありがとうな。気い遣ってもらって」

「おまえがおらんとさあ、部活の雰囲気が暗いし、勢いなくなって、いけんわ。な、出てよや?」

「……小嗣こつぎくんを見るんが、まだ辛い」

 祐介はスプーンを置いた。

「あの、さ、俺じゃ、だめか?」

 高原が大きな目を半目にし、真顔になった。

「どういうこと?」

「あの、な、俺、高原んことが好きです。俺にしちょかん? たけはいいやつじゃ。それは俺がよう知っちょる。見た目は中学生みてえで、口のきき方も知らんわがままものやのに、たけに目を留めたっちゅうんは、おまえ、いいセンスしちょるっち思うわ。でもな、俺だってお買い得よ? たけ以上かもよ? かなりの掘り出し物やけん。ここで逃したら、もったいなさすぎじゃと思うで。絶対、あとで反省する。人生損するで!」


 色白の顔を赤らめながら懸命に言葉を重ねる祐介を高原はしばらく見つめ、背中を丸めてため息をつくように笑った。


「﨑里くん、ありがとう。でも、本気で私のこと好きなん? それ、慰めようとして言っちょるんやろ?」

「う、嘘でこげんこと、言えるわけなかろう?」


 顔を赤くしてうろたえるのを見て、高原は視線を落とした。


「どうしたらいいいんか、わからん。﨑里くんのことは嫌いじゃないけど、そげな目で見たことなかったし、今そげんこと言われても、どうしたらいいんか、わからん。小嗣こつぎくんに振られて、すごくつらくって、ひとりでおるんが苦しいん。でも、誰かが横におってくれたら、今度はその人に思いっきり頼ってしまって、自分が駄目になりそうな気もしちょる」


 今まで一度も見たことのない高原の気弱な様子に、祐介は胸をつかれた。


「そげんさあ、ひとりで気張らんでもいいんやねえ? どうせおまえ、泉にだって話せんのやろ? 振られたっちゅうこと話せても、弱みは見せんのやろ? もう俺には言っちゃったんやけん、俺に寄りかかったらいいんじゃねえ?」


 高原が踏ん切りのつかない顔で言う。


「だから、まだよっかかれるくらい好きになれるかどうかわからんもん」

「あの、じゃあさ、お試しで、一か月くらい、付き合ってみらん? そ、そうや、友達からでもいいけん。無理やって思ったら、止めたらいいじゃん? そんときは、俺も潔くあきらめるけん」


 高原がまじまじと祐介を見る。


「友達としてやったら、今までと同じやろ? 何が違うん?」


 冷静な切り返しに祐介はとっさに答えられずおろおろする。そんな祐介を見て高原は頬を緩めた。そしてパフェに目を落として言う。


「ありがとう。じゃあ、まずは、友達の延長として、付き合ってください」


 祐介の顔が明るくなる。

「こっちこそ、ありがとうな。じゃあ、商談成立ってことで……」

「はあ? 商談?!」

 眉を寄せてにらむ高原に、祐介が慌てて言い直した。

「あ、いや、け、契約、そう、契約、な」

 高原の気が変わらないうちに、と、たたみかけるように言い添える。

「ということで、どうぞよろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げた。

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