文化祭ー4
「なあ、鳩の首の緑とか紫に輝いちょるんも、構造色?」
眉根を寄せて、ためいきをついたが、それでも振り向く。
「そう」
「体の灰色は?」
「それは色素」
「翼の先の黒いところは?」
「それも色素」
「どげんして見分けるん?」
ふたりの顔を稲妻が照らす。ふた呼吸おいて、こだまのようなとどろき。
仏頂面で高原の斜め後ろの天井に目をやりながら竹史が考える。
「構造色は見る角度が変わると色調が変わることが多い。それにキラキラ光って見えることが多い。マガモのオスの緑色の頭みてえに」
「なんし、鳥の羽には構造色と色素の二種類があるん?」
竹史が高原に顔を向け、目を合わせる。
「なんし? 知らん。でも、生物のなりたちを考えるときに、『なんかの目的を達成するためにこうなっちょる』っち考えるんは危険じゃ。そうじゃのうて、たまたま、結果的にこうなったっち考えるん。鳥は異性を惹きつけるんに羽色を利用しちょる。自分の子孫をどれだけ残せるかに直結するけん、生物にとって最重要課題のひとつ。色素だけでカラフルにするより、構造色を併用したほうが、結果として、コスト的にも技術的にも有利にはたらいたんやろ」
「コスト?」
「ん」
高原の方に向き直り、少し近づいた。
「羽をカラフルにするなら、まず、すでに自然界にある色素を羽に取り込む手がある。たとえば、フラミンゴの羽の赤は赤い餌から取りこんだ色素の色じゃ。それから、体内で色素を合成するっちゅう手もある。オウムの赤色は体内で合成された色素らしい。
その一方で、取り込んでも分解しやすい不安定な色素もあるし、合成しづらい色素もある。青い色素を持った鳥がおらんことから推測するに、鳥にとって青い色素はそのひとつなんかもしれん。
でも、これが構造色やと、その問題が一気に解決できる。つまり、分解させずに取り込む技術もいらんし、分解した分を何回も繰り返し取り込むコストもいらん。体内で合成する技術を獲得する必要もない。
やけん、たまたま、構造色で青色をまとえるようになった個体が、新しい色やっちことで非常に目立って、もてて、生存競争の勝者になった。つまり、そいつの子孫が栄えて、青系の構造色がよく見られるようになったっちゅうことかもしれん」
にこりともせず、何かにつかれたかのように
「構造色って、色あせんの?」
竹史が二歩、近づいた。
「ん。構造が壊れんかぎり、色は変わらん。鳥のはく製や蝶の標本――あ、蝶の羽の青や緑も構造色な――って、古いものでも鮮やかな色をしちょろう?」
「ああ、確かになあ。ほかに構造色の羽の鳥って、なにがおるん?」
竹史がさらに近づいた。高原が少しだけ身を引く。
「鳥は青い色素を作れん。やけん青系の鳥の色はほぼ構造色と思っていい。オオルリとか、イソヒヨドリのオス、ペットのインコの青色とかもそう。スミレコンゴウインコなんち、うっとりするくらい見事やぞ」
「なあ、鳥にも、私たちが見るんと同じように、構造色はきれいに見えちょるん?」
それを聞いた竹史の顔がわずかにほころんだ。それを見た高原の顔が、シーソー遊びのようにこわばる。
「ん。鳥は俺たち人間より、良く見えとるともいえる。目の
「そう、なんだ。おもしろいね。ありがとう――」
早口でそう言うと、高原はくるりと身をひるがえした。もう次の鳥のポスターに見入っている。おざなりに話を打ち切られたような気がして、竹史は口をとがらせ、不満げに高原の後ろ姿を見つめていたが、すぐに部屋を出て行った。
竹史の気配が消えると、高原はようやく大きく息を吐いた。驚いた。ハシボソガラスの親子に遭遇したあの日より、はるかに長くしゃべってくれた。しかも、自分の問いかけに理路整然と――なのかどうか、高原には理解できない話が多かったのだけれど――丁寧に答えてくれた。最後のほうでは、これまで高原に向けることなどなかった笑みすら浮かべていた。怖かった。いつ、我に返って肩を怒らせて出て行ってしまうか。これ以上、その緊張感に耐えてはいられなかった。
通り雨はいつのまにか過ぎ去っていた。
時計を見る。もう千絵の説明係の時間は終わり、
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