文化祭ー2
文化祭は雨だった。前日の体育祭が雨に降られなかったのは幸いだったが、陰鬱な空模様に昨日の疲れも相まって、校内を巡るクラスメイトたちの顔はいくらか暗かった。ときおり、南の空に稲光が走り、そのあと、蛍光灯の照明がひときわ侘しく思われた。
一年生は午前十時から午後四時まで、各クラスのポスター展示の説明係を交代で務めなければならない。祐介たちのクラスはポスターごとに担当者を立ち会わせることにし、彼らの班は竹史、高原、大鶴、泉、
「容子、お疲れさま。終わったら、二年生の模擬店、行こう?」
高原が廊下に目を走らせる。
「﨑里くんと
泉もきょろきょろと見まわし、おらんねえ、と言いかけて、
「あ、﨑里くん、あそこにおるよ」
とふたつ隣の教室の前に目を向けた。
「じゃあさ」
高原が声をひそめて言う。
「千絵、﨑里くんと一緒に回ってきたら? せっかくの文化祭なんやけん、ちょっとくらいはふたりで楽しんできたら?」
そう言ってにっこり笑う。でも、そう言われた泉の顔は浮かない。
「うん……容子はどうするん?」
「次の当番の大鶴くんがまだ来ちょらんもん。大鶴くんと交代したら、適当に考える」
「――待っちょるわ。一緒に行こう?」
そう言って淡く笑う泉を見て、高原は、じゃあそうしようとうなずいた。
大鶴は十分遅刻してやってきた。にらむ高原に震え上がり、あとでアイスおごるけん、と約束して許してもらった。
泉とふたりで二年生の模擬店を回る。二年三組のフランクフルトと六組のたこ焼き、七組のハッシュドポテト、それに八組のジンジャーエールを買って、休憩所になっている一年三組の教室に入る。
「ラッキー、結構すいちょる。窓際に座ろう」
向かい合って座り、フランクフルトを食べ、たこ焼きに手を伸ばしながら高原が尋ねる。
「なんで﨑里くんを誘わんかったん? 声、かけにくかったん?」
ジンジャーエールを飲んでいた泉が笑って答えた。
「ちょっと、思っちょったんと違うかなあっち、最近思ってさ」
「どこが?」
「うーん、うまく言えんけど。もうちょっとバカ話ができる人んほうが、気楽かな」
そう言って笑うと、ハッシュドポテトを食べた。
説明係に入る泉と午後一時前に別れ、高原は三年生の模擬店をぶらぶらと見て回った。三年一組の腕相撲部屋では水泳部男子を五人抜きして、目を丸くしているお兄ちゃんから景品のお菓子を奮発してもらい、二組の占いの館を興味津々な顔つきでしばらくのぞきこみ、三組のお化け屋敷をそそくさと通り過ぎ、四組の迷路には入ったもののカップルばかりなのにうんざりして即座に離脱し、五組、六組の教室はおさまりきらない人が廊下まで溢れているのを見ると、もう、そちらに行くのはあきらめて渡り廊下に出た。
雨は昼前にいったん上がっていたが、空には分厚い灰色の雲が低く垂れこめていた。九月上旬の真昼時はいくら日差しが遮られていても蒸し暑い。エアコンも扇風機もない教室のこもった空気より、屋外の渡り廊下のほうがまだましだった。ひざ丈のスカートのひだをつまみ、パタパタと空気を入れながら、見るともなしに校舎のかなたに広がるどんよりとした雲を眺めた。西の空はひときわ暗い暗灰色の雲で重たげに埋め尽くされている。生ぬるくよどんだ空気にひんやりとした風が忍び込んだのを感じた次の瞬間、高原の鼻先に大きな雨粒が落ちた。
まるでそれが引き金であったかのように、たちまち、あたり一面が雨粒で白く煙りはじめる。鮮やかな場面転換に、濡れるのも忘れて見とれそうになる。
すぐに我に返り、教室棟に戻ろうと身をひるがえしたそのとき、中庭を横切って一階の廊下に入ろうとしている竹史が見えた。あ、どこに行くんじゃろ? 気づいたときには階段を駆け下り、その後姿を追っていた。一階の廊下から階段を上がり、特別棟三階の理科室へと入っていく。理科室? 何かやっちょったっけ? 雨に濡れた頭や腕をハンカチで拭きながら入口を見ると、へたくそなレタリングの小さな張り紙があった: 野鳥研究会。
開いている扉から、中をそっとのぞいてみる。ひときわ陰気な室内には、後ろ姿の竹史以外、誰もいない。ちょうど昼時で、しかも、もともと来る人の少ない特別棟だ。これは入りにくいなあとためらっていると、鋭い閃光が室内を照らし出し、間を置かず、雷鳴が窓ガラスを震わせた。雨音が一気に強くなる。再び、稲妻が光る。
せっかくここまで来たのだ、竹史しかいないのなら、逆にもう開き直って入ってしまえ。高原はそっと足を踏み入れた。
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