【3.瀬会の海】
瀬会の海
部活を終え、祐介と竹史が帰ろうとしているところに高原が追いついた。一緒に歩きながら、日曜日にみんなで海に行こうよと言いだす。祐介がおっとりと、そうじゃあなあと相槌を打つ。竹史が前を向いたまま眉間にしわを寄せる。夏休みが終わる前に行こうや、明後日はどうか、天気は良さそうだ、千絵も私も行けるし、と高原がたたみこむように具体案を出し、じゃあ、
祐介がふと竹史に目を向ける。自転車を押しながら一言もしゃべらず歩いている。
「たけ、聞いちょった? 明後日の朝八時に
「俺、行かん」
祐介が顔をしかめる。
「なんし?」
「海、興味ねえ」
祐介がことさら大げさに苦笑してみせる。
「サイクリングんとき、海でガキみてえにはしゃぎまくっとったん、誰やったっけな?」
竹史の顔が翳る。なんし、サイクリングの話をこげなところで披露するん。そんな竹史の様子に気づかない祐介は、「サイクリングってなん?」と尋ねる高原に、ふたりで過ごした八日間のことを何のためらいもなく明かしてしまう。祐介が口を開き高原が言及するごとに、あの日々が色あせ、薄っぺらくしおれていくように思えた。
「へえ、そげんこと、しちょったんや。
そう言いながら高原が好奇に目を輝かせながら竹史をまじまじと見つめる。竹史は顔をそらすと小さく舌打ちした。
「おう、そうよ。たけは、こう見えても、根性だけは誰にも負けんで。まあ体力もさ、以前と比べればずいぶんついたよな。たけ、おまえ一人で家におったら、ぜんぜん動かんのやろ? 海に行って泳ぐん、結構いい運動になるで。トレーニングみてえなもんじゃ。な、来いの? 明後日、日曜日、八時な?」
屈託なく笑う祐介に言いくるめられ、竹史はむくれたまま、もう何も答えなかった。
朝八時ぴったりに
「
ギャーギャーうるせえ女やな、おらばんだって(大声で呼ばなくても)見えちょるわ。聞こえないよう、口の中で悪態をついたつもりだったのに、近くに行ったとたん、祐介から頭を小突かれた。
「口が悪い」
高原と泉の甲高い笑い声がはじけた。いまいましい気分になった。
海水浴場につくと、もう数組の家族連れが砂浜にレジャーシートを敷いて荷物の山を築き、小さな子供とお母さんが波打ち際で砂遊びをしていた。幼児がおぼつかない足取りで返す波を追いかけ、寄せる波に腰まで浸かり、泣きだす。少し離れたところでは、小学生くらいの男の子たちが数人でしぶきを上げながら泳いでいる。すでに強烈に照りつける太陽の光を受けて、砕ける波がまばゆくきらめいていた。
「わあ、水、綺麗やなあ!」
泉が歓声を上げる。
「早く着替えて泳ごうや!」
高原の声も普段より子供っぽい。
更衣室でもぞもぞと着替えていた竹史に、とっくに着替えを終えた祐介が、まだかあ、と声をかける。竹史はちらりと祐介の方に目を走らせ、眉をひそめた。
「Tシャツ、着らんの?」
祐介が目をむく。
「はあ? なしか?」
竹史が口をとがらせる。
「女子がおるねえ……」
「じゃけえ、なんな?」
祐介がきょとんとしていると、カバンにズボンを押し込んでいた竹史がむくれた。
「――恥ずかしいやん」
「は?」
「恥ずかしいやん! ――え、おまえ、恥ずかしくねえん?」
「いや、別に?」
竹史は祐介のほうに向きなおって言った。
「俺が恥ずかしい。Tシャツ、着れ!」
祐介が呆れたように笑って言う。
「女子がおるっちゅうけど、学校のプールでも、女子おるぞ。やねえ、みんな上は裸やろ? おまえ何言っちょんの?」
言い訳のように竹史がつぶやく。
「――それに、おまえ、すぐに真っ赤になって水膨れになるじゃろ……」
変なやつ、なん気取っちょんのか、と文句を言いながらも、竹史の奇妙に固い声に気おされ、祐介は脱いだTシャツを被った。
ふたりが更衣室から出ると、すぐに泉と高原も出てきた。泉は腰にフリルのついた黄色のワンピース、高原はスクール水着に白いパーカーをはおっている。
「泉、おまえ普段とずいぶん雰囲気違うな。よう似合うちょるわ」
祐介がさらりと口に出した言葉に、泉が照れくさそうに微笑む。
「高原、おまえ、それ……学校の水着?」
まじまじと見つめる祐介に臆せず高原が返す。
「泳ぎに来たんやけん。これで十分やろ?」
泉が苦笑しながら言う。
「ほら、容子、じゃけん、一緒に水着見に行こうっち言ったねえ……」
高原は動じず、三つ編みの端をくるくるともてあそんでいる。泉が言葉を継ぐ。
「でも、容子はスタイルいいけん、なん着てもカッコいいわ。その、三つ編みをいじるクセを止めたらな。なあ、小嗣くん、そう思わん?」
竹史が顔を背けていると、祐介が両手で竹史の頭をつかみ、ぐいと高原たちのほうに向けた。
「ちゃんと見い、たけ。どうじゃ? ふたりとも、可愛かろ? 泉の水着も、高原のスクール水着にパーカー合わせちょんのも、センスいいっち思わん?」
「……ん」
女子ふたりがきゃあと嬌声をあげ、竹史はため息をついた。
波打ち際は
浮き輪を引っ張りながら沖に向かって歩いていた泉が歓声を上げる。
「水が冷とうなった!」
泉の浮き輪につかまって浮き、引っ張ってもらっていた高原も声を上げる。
「ひんやりして気持ちがいい。でも、ちょっと怖いな。私、もう、ほとんど足つかんし」
「これ以上沖に行かんほうがいいわ。このあたりで遊ぼう。ほうれ、たけ!」
そう言いながら、祐介が竹史に向かってビーチボールを投げる。ボールは竹史の頭上をかるがると越えて落ちた。竹史は走ってそれに向かおうとするが、背の低い彼は顎まで水に浸かっており、泳ぐ方が速そうだと水をかき始める。それを見ていた高原が泉の浮き輪から手を放して泳いで追いかけ始める。後ろから追いかけてくる高原に気づいた竹史は速度を上げる。意外と高原も速い。女子なんかに負けられるかよとばかりに竹史がスピードを上げる。勝気な高原もむきになって水をかく。水深が浅くなったところでふたりで意地になって走り、高原の手がビーチボールに届くかと思った瞬間、ゆらりと波に揺られたボールは竹史のほうに流れ込んだ。襲い掛かるように飛びつき、盛大にしぶきを上げながら水の中に転がり込む。
「よっしゃあ!」
ビーチボールを胸に抱えて立ち上がった竹史のはじけるような笑顔を見て、高原が息をのむ。
「たけ、こっち!」
向こうで祐介が手を振っている。竹史が振りかぶってボールを投げるが、まったく届かず、祐介から数メートル手前に落ちた。それまで呆然と見ていた高原が思わず吹き出すと、竹史は高原を見て顔を赤らめ舌打ちをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます