三つ編みー3

 翌週の月曜日、夏休みの弓道部の練習に竹史がやって来ると、駐輪場の前に高原がいた。髪の毛をきっちりと三つ編みにし、県下ダントツでダサいと悪名高い制服をいっさい着崩すことなく着用しているところに、彼女の肝の据わった生真面目ぶりが現れている。こいつは可愛い浴衣よりもダセえ制服のほうが似合におうちょるわ、竹史はぼんやりそう思った。


「週末はありがとうな」

 きらきらと光る瞳で竹史を見ながら、鮮やかな微笑みを投げかける。竹史はたじろぎながら、あたりを見回すと、声をひそめ、投げつけるように言う。

「なんし、ゆうの横に行かんかったん?」


 高原は目を見開き、数度瞬きし、それから笑い出した。ひとしきり笑うと、声をひそめて言う。


「ああ、違う違う、﨑里くんを気にしちょるんは、千絵よ。やけん、よかったよ。千絵、﨑里くんといっぱい話ができて、楽しかったっち言っとった」


 そう言われると、花火大会に誘われたあのとき、祐介を気にしているのが誰なのか、はっきり言及されていなかったような気がした。自分の早とちりに気づき、無駄にやきもきさせられていたことに、ばかばかしさや苛立ちを感じていると、高原が言った。


「私が気になっちょるんは小嗣こつぎくんよ」

 竹史は思わずにらんだ。高原は動じない。笑って言う。

「そげな怖い顔、せんでよ。何となくよ、何となく、気になっちょるだけ。これが好きって気持ちになるんかどうか、まだよくわからん。やけん、これは告白じゃないけん、何も答えんでな」


 そのきっぷの良いあっけらかんとした口調に、少しだけ高原を見る目が変わった。でも、それと同時に、誰かが自分を気にかけているということにたまらない不快さを感じた。はやく、かき消したかった。顔をそむけたまま吐き出すように言う。


「俺……そういうの無理やけん、止めて」

 高原が口をとがらせた。

「ちょっと、まだ答えんで、って言ったやろ? だいたい、小嗣こつぎくん、私のことなんち、まだなあんも知らんやろ? それでいきなり無理っち言うんもないんやない? それは失礼すぎると思うわ。やけん、今のは聞かんかったことにしちょいてあげるな?」


 竹史は高原のポジティヴさにあっけにとられ、ついまじまじと顔を見た。高原がここぞとばかりににっこりと微笑む。押しの強さに気圧され、自分に向けられた射貫くような視線にますます落ち着きを失い、言いようもなく苦しくなった。すぐに視線を逸らすと、泉のことを聞いた。


「で、あいつ、ゆうとうまくいきそうなん?」

 高原は軽く肩をすくめて小声で言った。

「難しいかな」

「ふられたん?」


 高原は失笑した。姉が幼い弟に言い含めるような口調で言う。


「あんなあ、小嗣こつぎくん、私たち、この前初めて一緒に花火大会に行ったばっかりやん? 教室でも、今までそげんしゃべったりしちょらんかったし。いきなり告白とか、ないけん。あれは、これからもう少し仲よくしようっちゅう、きっかけづくり。だいたい、千絵のほうもどれくらい本気か、まだようわかっちょらんし」


 そういうもんなん? そのあたりの機微が竹史にはさっぱりわからず、相槌すら打てない。


「やけんさ、小嗣こつぎくん、これからよろしくな。ほんで、またみんなで一緒に遊びに行こう?」

「ほ、ほかんやつ、誘えや」


 竹史はぶっきらぼうにそう言うと、頬をふくらませた高原を振り返ることもなく、身をひるがえし、弓道場に向かって速足で歩き始めた。しかし、すぐにその足がぴたりと止まった。高原が怪訝な顔をしながら近寄る。

 少し先の路上に三羽のカラスがいた。一羽がかぱりと口を開ける。真っ赤だ。おわあ、おわあ、としきりに羽を震わせながらしゃがれ声で鳴く。その声に思わず高原が竹史のシャツをつかんだ。


小嗣こつぎくん、あれカラスの親子やろ? 危ないよ! 襲ってくるっち!」

 それでも竹史は突っ立ったまま、カラスを見ている。

小嗣こつぎくん……」


 カラスを見つめたまま竹史が口を開く。


「あれは襲ってこん。ハシボソガラスやもん。襲ってくるんは、たいてい、ハシブトガラス。興奮させんかったら、ハシボソは大丈夫」

「ハシボソガラス?」

「ん。――ふふ、かわいいやん、あいつ。体はもうほとんど親と同じ大きさやねえ、まだまだ子供気分でさ、一所懸命、真っ赤な口を開けて、餌ちょうだいーっち親にアピールしよん。親は知らんふりして歩き回りよるけど、実はあいつの様子も、周囲の様子も、しっかり見ちょる。ああ、ほら、あの子ガラス、よう見ると、まだ目も青うって、きれいじゃ」


 高原はめんくらった。柔らかな口調で饒舌にしゃべる竹史など、初めてだった。横顔をまじまじと見つめる。くせの強い髪の毛が風にふわふわと揺れている。色の薄い瞳が、巣立ち雛を見つめる。こけた頬にしっとりとした笑みが浮かんでいる。目が離せなくなった。


「……これ以上、見ちょるん、可哀そうやな。遠回りして行こう――」


 そう言ってそっと振り返ろうとした瞬間、シャツをつかむ高原に気づいた。即座に体をよじって手を振りほどき、高原をねめつけると、そのまま足早に去っていく。残された高原は呆然として小さくなる後ろ姿を見つめていた。

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