自転車旅行ー4

 しかし、食生活の改善は簡単ではなかった。これまで食べなかったものを食べさせようとすると、相当な確率で体調を崩した。どうやら、かなりのアレルギー体質らしい。本人がそれを自覚していないのがまた厄介だった。嫌いなだけのものに加え、食べて調子を崩した食材も、すべて「嫌いなもの」として記憶しているらしい。卵を食べると手のひらに発疹が出た。牛乳を飲むと即座に腹を下した。鯖やイカを食べると全身に蕁麻疹が出た。ホウレンソウを始めとするいくつかの野菜で口内の違和感を訴え、多くの果物で喉がはれ上がった。普段食べている食材でも量を食べると、やはり腹を壊した。


「そんねえ食べれんもんがあって、親、なんか言わんの?」

 さすがに心配になった祐介がそう問うと、

「吐いたり腹下すくらいなら、食べられるもん食べときって言っちょる」

 ひょうひょうと竹史が答えた。


 一週間ほど竹史に食事の記録を付けさせ、食べた品目と量、それに調子を崩したかどうかなどをメモさせた。その記録をもとに、竹史の食べられるもの、ちょうどよい量を割り出し、ふたりで効果的な食事メニューを練った。

 なぜそこまで竹史の世話を焼いているのか、ふとおかしくなることがある。自分の体調管理ですら、こんなにまじめにはやっていない。でも、そのたびに、弓道教室で目にした、竹史の危うげな射にちらりとのぞいた美のきらめきを思い出した。あのたぐいまれな原石にまだ誰も気づいちょらん。このままじゃと、そのまま埋もれてしまうかもしれん。俺はあれが掘り出され、磨き上げられたところを見たい。俺が輝かせてみせる。

 祐介のサポートと竹史の粘り強さのかいあって、徐々に彼の射が安定感を増し、それと並行して的中率が上向いてくると、祐介は我がことのように喜ばしく思った。竹史は思うように弓を引けるようになったことが嬉しくてたまらないようで、幼い子供のように熱中した。それと同時に、彼の射が内包していたあの美がより凄みを増して露わになりつつあった。祐介は竹史の射の変化を悦ばしく見守っていたものの、思った以上の美の発露にたじろぎ、ときに嫉妬を感じざるをえなかった。


 体力がつくにしたがい、竹史の性格までもが変わっていった。とりわけ祐介と一緒にいるときには、笑顔を見せ、ときにはしゃぐまでになった。懐いてくる小さな竹史は、祐介にとって、まるで新しくできた弟のようだった。やんちゃで、神経質で、ひたむきな弟。クラスの誰の言う事にも耳を貸さない彼が、自分にだけは素直に全幅の信頼を寄せてくるのが、祐介には嬉しかった。

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