第3話【看板の無い雑貨屋】

「こっち着いて来て、質問は無しだから」

 言われた通り彼女の後を着いていくが、どんどん山から離れていく。大鳥居を抜けて神門通りを100M程南に下り、十字路を左に、そこからまた右の小道に入り三叉路を右に。何度か路地を曲がって僕が道を覚えられなくなった辺りで、一軒の雑貨屋らしき場所に行き着いた。看板は無いが、軒先までこれでもかと言わんばかりに物が溢れ返り、思い出したかの様に「この辺300円」とか「時価」と手書きの値札が飾ってある。適当に重ねてあった白塗りの茶碗を手に取ってみるが、どう見ても100均で仕入れた物だった。

「・・・・・・これが時価って絶対嘘でしょ」

「いや、合ってるよ。あ、丁度いいや」

 彼女は僕の手から茶碗を奪い取って、元あった場所ではなく自分のバッグの中に仕舞い込んだ。さも当然の様に振る舞う彼女を怪訝な目で見つめるも、意に介する様子も無く他の雑貨も詰め込んでいく。五分後、一通り物色し終えたのか「暫くここで待ってて。入って来なくていいから」と足の踏み場も無い店内へあっという間に消えていった。


 残された僕は仕方なく雑貨を見て時間を潰していた。直ぐに入ろうと試みたが、床から棚の上までびっしりと乱雑に重ねられ、通路として人一人通るスペースがギリギリ確保してあるだけで、一歩踏み込めば間違いなく割ってしまう自信があった。秋葉原やアメ横にも壁一面に商品が陳列している店はいくつもあるが、ここまでのものは見た事がない。努力するだけ無駄だと思い知らされるのに一分もいらなかった。

 勿論無理矢理にでも後を着いていく事も考えたが、それでは目的地に行けなくなる可能性がある。万が一案内をしてくれなかったとしても、祖母が市内に居る事は確認出来たし、是が非でもという訳では無いが、一番の近道には違いないしセツさんや母との関係も気になる。それに僕の名前も知っていて、何か納得した風だった。島根に来てから立て続けに起きている不思議な現象と関係があるのだろうか、

とあれこれ考えても堂々巡りになるだけで、つまる所、彼女を待つ事が一番の近道だった。この陳列した商品たちもパッと見で安物と分かる物もそれなりに多いけれど、暇を潰すには丁度いい宝探しになりそうだ。


 それにしても本当に物が多い店だ。適当に分類しながら宝探ししていても、次から次に意味不明な物が発見されていく。まるでアマゾンの奥地にでも来た様な気分だった。食器類は勿論のこと、絡まって解けないカメラのフィルムに小、中学校で使う音叉や赤ちゃん人形の背中にザリガニの模型が接着してある不気味な物まで。他にもゴム製の毛が沢山ついた毛虫の様なかなり大きな玩具なんかもあるし、部品なのかこれのまま使用するのか分からないプラスチックの板も山積みしてあった。ここの店主が何を思ってこれだけの物を収集したかは分からないが、お世辞にも趣味が良いとは言えなさそうだった。


「何してんの?」

 用事を終えたのか彼女はいつの間にか僕の横に立っていた。時計を見ると既に一時間が経過し、種類ごとに分けられた山が出来上がっていた。自分でも悪癖だとは自覚してはいるが、何かを探したり調べたりすると熱中してしまって、他の事が目に入らなくなってしまう。今回はそのおかげで待ちぼうけを食らわずに済んだのだが。

「・・・・・・意外と早かったね。一時間も何してたの?」

「貰う物があっただけ。ちょっと話し込んじゃったけど。で、何してんの?」

「宝探し、かな」

「へー、きも」

「・・・・・・」

「なんか見つかった?」

「殆ど100均だった」

「でしょうね。それどこにあったの?」

「このザリガニと人形がくっついてるやつ?」

 人形を振ると、中に玉が入っているのかカラカラと乾いた音が響いた。右太ももの裏側に油性ペンで「つくし」の文字が書いてある。消えない様に上から貼られているセロハンテープは、色が薄くなった人形とは反対に劣化で黄色く目立っていた。

「かなり奥の方で発見したけど、こう・・・前衛的だよね。つくしくん?の相棒は」

「そう、だね。」

「でもこれだけ物があったら紛れ込んじゃって寂しくない・・・・・・」

「・・・・・・何?」

「え、ああいや思い入れでもあったのかなって」

「いや、なんでもない。子供の悪ふざけでしょ。これはその辺に置いてていいから。他は全部片付けといてね。私は先に行くから」

「えっちょちょっと!」

「大体でいいから」


 積み上がった雑貨を雨に濡れない位置に寄せ、追いかけようと立ち上がった瞬間カタッと小さく音が鳴った。僕は、少しバランスが悪かったかなと倒れそうな場所を探し、杞憂だったと分かると彼女の後を追いかけた。

 この時音を立てたのがさっきの人形で、その虚ろな目が彼女に向けられていると分かったなら、事件の火種の一つを消す事も出来たかもしれない。


 無言のまま歩く事三十分弱、僕らは再び出雲大社の本殿まで戻って来ていた。彼女が言うには、本殿の先に祖母の家に繋がる山道があるらしい。らしいのだが。

「今私の事馬鹿だと思ってるでしょ」

「・・・そんな事ないよ」

 見渡す限り立派に育った木々と、僕の背丈を越える雑草が生い茂っている。ちょっと先を見ようと背伸びして見ても、同じ色の景色が山の奥深くまで続いている。そしてもう一つ忘れてはいけないのが、今が夏で、確実に蛇やら百足やら危険な生き物がそこら中にうじゃうじゃいると言う事だ。長靴も何も無しで入るのは余程の馬鹿か自殺志願のどちらかに違いない。

「獣道すら無さそうなんだけど、本当にこっちであってるの?」

「あってますけど。じゃあ行かなくて良いの? 帰る?」

「いやだってさ」

「大丈夫大丈夫、私は噛まれた事ないし」

「私はって、他の人はあるわけ?」

「そりゃ山だし」

「余計入りたくないんだけど。せめて長靴とか虫除けスプレーとか準備してから行きたい。」

「そんなのいらないから。噛まれないよ絶対。それともここでずっと待ってても良いよ? 夏が終わるころには会えるんじゃない?」

「そりゃ行きたいけど」

「私は大丈夫だからあんたも大丈夫。日がある内は絶対大丈夫」

「一体その自信はどこから出てくるのか知りたいよ」

「そんなに人を信じられない訳?」

「大体君の名前も知らないし、信用しろって言う方が難しいと思うんだけど」

「あーもうグチグチうるさい!」

「ぐっ!」

 続く押し問答にしびれを切らし、鳩尾に拳を打ち込んで無理矢理話を終わらせた。ほぼ初対面の相手に正拳突きを食らわすなんて。

「空手習ってるんだから使わせないでよ」

「一番最初に習うやつね・・・・・・」

「んじゃお先。あとは好きにしたら」

 僕を殴ってスッキリしたのか、危険極まりない茂みの中に躊躇なく入って行った。鈍痛に耐えている間にもガサガサと揺れる草木は遠ざかる。

「・・・・・・絶対この道以外にあると思うんだけどなぁ」

これから自分に起こりそうな悲劇を想像し、お腹をさすりながら痛みが引くのを待っていた。


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