第7話 ボクの名前

 逃げようとする気持ちがそうさせたのか、いつのまにか息は乱れ肩で呼吸をしていることに気が付く。

 ボクは罪悪感を振り切るように森の中をがむしゃらに走っていた。


 あの音が耳から離れない。


 そして何よりもジークたち――みんながボクの中で曇った表情を覗かせているように感じてもいた。


「なんで……なんでそんな悲しい顔が思い浮かぶんだよ――ッ!」


 ぶつけようもないこの気持ちに喉を震わせた時、同時に足がもつれたボクは勢いよく土の絨毯にその身を投げ出す。


 ボクが拾った人形を迎え入れていたのは……気持ちにゆとりがあったからできたことだ。


 人形に同情するなんて――


 そんな言葉も数えきれないほど言われていた。

 そういう人と人形を区別できないやつは、いつか必ず取返しのつかないミスを犯すとも。


 だから……厄災の討伐パーティに入る時だってどれだけ苦労したか。

 だから……あんな人形ガラクタなんかに気を配ってる時じゃないんだ。

 だから……ボクの全てを復讐に注がなきゃいけないんだ。


 でも――



「だから……あの時、ジークたちと出会えたんじゃないか……」



 同じ志だったから……ボクたちはパーティを組んだんだ。

 ジークもチケも人形を道具扱いするやつらに対して突っかかるわけじゃない。ただ自分たちはそういう扱いは好きではない――と。


 そして何よりも……憎悪を振り撒くなんてもったいない。

 王都に戻り、王の眼前で解き放つためにたっぷりと蓄えておくべきなんだ。そう、一欠片も漏らさないように――



「どっちにしろ……復讐じたいジークたちは止めるだろうけど……」


 せめて――

 それまでは彼等にふさわしい自分でありたい。


 ボクは走り抜けてきた道を振り返った。



「よし……行こう」


 崖に戻る足取りは、さっきまでのもつれるような足取りとは違い、地に足をしっかりつけ力強く大地を蹴っていた。




 崖の縁に辿り着き、身を乗り出す。

 すると、滑り落ちた状態のまま、横たわる人形の姿があった。


「くそっ……あんなボロボロで動くから動力に負荷がかかりすぎたのか?」


 ボクも勢いのままに滑り落りると人形をうつむけに寝かせる。


「動力炉……あけるよ。聞こえてないだろうけど……」


 動力炉は人形の心臓部とも言って良い場所だ。

 通常、人形は製作者や主などの決められた者しか開けられないようになっている。

 人型の人形であれば背中に位置していることが多く、この人形も多分に漏れることはなかった。



「最悪だ……」


 体と動力を繋げるパイプが焼き切れてる。

 量産型である以上、リアやモネの動力と比べるまでもない非力なものだ。


 しかもどれだけの年月が経ってるかもわからない動力。

 しょうがないと言えばしょうがない……むしろよく今までこれでもったとも言えるけど……


「街……いや、そんな都合よく……」


 動力を抜いた人形は保存加工をしないと形を保っていられるのは一日程度だ。

 二日目には、形が崩れてしまう。


 加工道具と保存素材さえあれば、街が遠くても探しに行くことは可能だけど……


「前も似たようなこと……あったなぁ……」


 主を守って重傷を負った人形の手当をした時だ。

 限界以上に酷使した結果、同じようにパイプが焼き切れていた。


 その時はリアを筆頭に必死に頼み込まれた結果、しぶしぶ承諾して治したんだ。


 リアの動力のパイプを使って。


 リアの性能は量産型とは段違い――どころか上から数えたほうが早い程度には優秀だ。

 だから動力の一部とはいえ、量産型のために使うなんてまともな考えじゃない。


 でも。

 そんなまともじゃないやつらが揃ってたのがあのパーティだった。


「リア……少しだけ……使わせてもらうね」


 下手な接ぎ方をするとリアがこの人形を乗っ取ってしまうことにもなる。

 でも、大丈夫。

 ボクは人型、獣型問わず、どんな人形でも診て来た人形作家なんだから。


 ……――


 ……――――


 ……――――――


「うん……できた」


 ボクは集中すると時間も周りも見えなくなる。

 あんなに眩しかった日の光がすでに沈み込み始めている時間帯だ。


 上手く接げた以上、あとは動力から体に供給が始まれば一安心だ。

 だから今のうちに泥や苔を落としておこう。


 ……――


 ……――――


 ……――――――


「つけ……燃えろ……! ……ついた!」


 夜の帳が静寂を包む時間だ。

 携帯照明ランタンもないので、焚き火で我慢するしかない。


 高級布エクロースで包み込んだ彼女は未だに静かに眠ったまま。

 食料くらいは取りに行きたかったけど、目覚めるタイミングが分からないので、結局見守るしかない。


「そこの川で魚……いや、ボクが流されてしまいそうだ……」


 そんなバカなことを言っていると背中から布擦れの音に続いて、声が届いた。


「お待ちしていましタ。私の名前とあなたサマの名前ヲ……」


「ボクはラクリ……きみは……――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る