第8話 きみの名前
考えてなかった……
本名と偽名とどっちにするかばかりで、肝心なことが漏れてた。
これからを考えると本名で呼ばれると致命的。だけど、不誠実かな、とか色々考えることが多すぎて……結局街で呼ばれて平気な偽名にしておいたけど。
「待って……時間がほしい……」
「はい。承知しましタ! らくり
一部だけとはいえ、やっぱりリアの動力の効果なのだろうか。
まだぎこちないけど、活舌がぜんぜん違う……し、ちょっと活発な気がする。
「製造番号とかってある……?」
「ありませン」
番号を語呂合わせで考えようとしたボクも褒められたものじゃないけど。
「好きなものはある? ――ってまだ認識したばかりだからわからないよね」
「らくり
そうだよ。自我を持ち始めた人形はこういうことを平気で言うんだよ。
でも……目覚めたばかりでこんなにはっきりするものかな……
「えっと……ごめん。思い付きで付けるものじゃないから……仮の呼び名だけにさせてほしい」
「はい、了解でス! なんと呼んでいただけますカ?」
作成する前に名前を決める人や、人形の個性からつける人。
名付け方は様々だ。
今回なんてついさっきまでそんな気すらなかったわけだし……この子が何に興味を示すのかを見てからちゃんと名付けたい。
だから。
「ん~……『シロ』……で」
「はい、承りましタ! どんな意味なのでしょうカ?」
返事が安定していないけど、受け答えを続けば続けるほど慣れてくるはずだ。
「シロはね……これからなんにでもなれるって……ことだよ」
髪の色からとったなんて言えない。
だから、ちょっとそれっぽいことで誤魔化すしかないんだ……
「はいっ! 頑張ってらくり
ボクは後ろめたさから、尻つぼみの回答と共に視線を逸らした。
でも……あれだけひりついていた気持ちが、今は落ち着いているとはっきり自覚できる。
みんなといた頃の賑やかな日々の記憶を自然となぞり、ボクは少しだけ視界を滲ませた。
「あくまでもちゃんと決まるまで……ね……なるべく早く決めたいけど……」
「はいっ!」
純真無垢なシロとの僅かなやりとりだけで、ここまで気持ちが救われることになるとは思わなかった。
いや……追放の帰路から、落ち着く間もなく真実に片足を突っ込んだことを考えれば……
どれだけ自分が打ちのめされた状況だったのか、考えただけで深い嘆息が漏れてしまう。
「まともなものがないけど、そのままは良くないからね。嫌かもしれないけどこの服から好きなものを着てね」
「はいっ!」
比較的マシな衣服を見繕ったつもりだけど、破れていないものなんてない状況だ。
ボクはフード付きのローブなので全体を隠しやすい分、まだよかったかもしれない。
「これにしまスっ!」
少し悩んだ末にシロはショートパンツのつなぎ……サロペット? オーバーオール? を選択したようだ。
ボクは衣装は専門じゃない。造形が専門だからしょうがない。一緒に合わせて作れる作家もいるけどね……
ワンピースっぽいのも一緒に置いてみたけど、思考は男の子に寄ってるのかな? どちらにせよ、どこかでちゃんと服も調達しなければいけない。
ボクのローブも小汚いけど、中の服もオイル染みがひどい。
「それじゃまずは街を目指す……ためにこの谷を抜けよう。改めて……――よろしく」
「はいっ! ふつつかな者ですガ、よろしくお願いしまス!」
そういう言葉って作られた段階で入れられてるの?
そんなことをぼんやりと考えながら、ボクたちは固い握手を交わした。
シロの手は柔らかく、自然と笑みを漏らしている――そんな自分に気が付いた。
◆◇
イストール王都ニューテル。
ニューテル中心にそびえ立つ城の中、静寂を刻む王の間に一人の男が足音を響かせていた。
「『アルノル王』……追跡隊は出発したようです」
「ふ~む……『ハッセル』よ。いささか行動が遅いのではないかぁ~?」
玉座にて片肘を付くアルノル王は不満気に声をあげた。
「……はっ! どうやら例のパーティを晒し首にしたことで、いささか街の連中が騒いでいるようで……そちらの対処に時間を取られているようです」
眼前で膝をつくハッセルは視線をあげることなく、揺らぎのない声で答えた。
「愚民の一人や二人死んだところで、何を騒ぐ必要があるのか……あやつらも大人しく気づかなかったフリでもすれば、良いものを……」
「仰る通りでございます。このような騒ぎなど時が過ぎればすぐに忘れるでしょう……」
気怠そうに眉をひそめるアルノル王は、玉座にもたれかかり思い出したように喉を震わせた。
「それと最後に捉えた
「はっ! そちらは同じように首を並べております。もちろん他の者と同じように加工を施しております。胴体以下についてもいつもの通り……」
王に剣を向けるという許されざる行い。
それがどういう結果を招くことになるのか民衆に示しているのだ。
すぐに蝿がたかり、蛆が湧き、骨と化しては民衆は学ばない。
より長く民衆の心に刻み続けなければ晒す意味がない。
それが、このイストールを納める王の考えだった。
「まぁいい。それで……もちろん……次の準備はできているな……?」
「そ……それがもう少々お時間をいただきたく……」
静寂の間に漂う空気がゆっくりと乾いていく。
そんな感覚にハッセルは思わず、ゴクリ――と、気休めの唾液を喉に流す。
「――チッ……ならばここで油を売っている暇などないだろう……いけ」
「はっ! それでは失礼いたします……!」
ハッセルが王の間を後にすると、アルノル王は天井をぼんやりと見上げながら呟いた。
「もう少しだ……もう少しの辛抱だぞ……プリシー……」
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