第5話 悪名
せせらぎの音が聞こえる。
瞼を閉じていても感じるほどに日差しが強い。
全身が重いのはズブ濡れだからなのか、体に込める気力が尽きたからなのか……ちょっと分からない。
体中が痛いけど……四肢の指先が動くってことは打撲や裂傷で済んだということだろう。
もういっそのことこのまま……――なんてことを言うつもりはない。
「でも……少し……疲れた……な」
瞼をあげると谷の隙間から見える空は雲一つない快晴。
木々と日の光が崖に彩りを与える、そんな風景は今のボクに少々鬱陶しいと感情を昂らせた。
仰向けのまま辺りに目を向けると、ボクと同じように流れ着いた廃棄物が一面を覆っている。
流れ着いた先、というよりも峡谷半ばのゴミ貯まりに引っかかったみたいだ。
壊れた武器、家具や衣類なんかも見えるけど、一番多く目に留まるのは人形の残骸だった。
「
悲鳴をあげる体を無理やり起こす。
少し視点が高くなったところで見える景色はそう変わらないけど。
「……あ……そう……か」
左腕の重みに気が付く。水を布袋は重量を増しているけど、
「ははっ……なんだよ……」
片方の布袋……種が入っていたほうの布袋は落下中に引っかけたのか、底が破れていた。
この川の中で拾い集めるなんて到底不可能なことは考えるまでもない。
「種も人形もなし……か」
自虐的に口元を釣り上げ、水をたらふく飲んだはずの喉が、渇いた笑い声を絞り出すことしかできない。
「こっちは……」
手紙を入れたはずだ。
湿ったままの手紙を破れないようにそっと取り出すも……
リアから溢れたオイルが染み込んでいて、綴られた文字の中で判別できたのは、文頭だけで、その他はほとんど読むことができなかった。
でも……
「どれだけ……必死にこの手紙を……守って……」
あの子がどれほどの想いでこの手紙をボクに届けてくれたのか。
それが分かっただけで十分だった。
文頭に綴られていたのは、それぞれのボクへ向けた言葉だ。
みんな謝罪の言葉から始まってるけど、気が付かなかったボクも謝りたいから……きっとお互い様だ。
ジークは『これを読んでいるってことは――』から始まっている。実際に自分がこんな手紙を受け取ることになるとは思わなかった。
チケは道中でも口は悪かったくせに、この手紙だと見た目通りの綺麗な言葉使いになっていることがちょっとおもしろい。
モネは謝罪した直後の文で、すでに乙女心に気が付かないボクが悪いって怒ってる。機嫌を取りたかったら頬を――って、リアの言ってた通りだ。
リアの言葉は……あの時、ボクに告げたことと同じことが書いてあった。
そしてリアの字でさらに書きなぐったような文字に目を走らせる。
オイルをインク代わりに指先で書いたような文字だ。恐らく倉庫の地下に隠れている時に書いたものだろう。
手紙を破らないよう丁寧にたたみ、ポケットに忍ばせるとボクは手紙を入れていた布袋を逆さにして振った。
「リ……ア……」
彼女を形作る源である動力が二輪、ボクの手に転がり落ちてきた。
通常、動力は人形自身が抜くことはできない。
でも彼女はすでにボロボロで動力も剥き出しだった。だから自分で抜くことができたんだろう。
そして……彼女は地下でボクと出会う前からすでに心を決めていたんだ。
彼女自身が地下でそのまま朽ちたとしても……ボクが見つけると、そう信じて文章を残したんだ。
この動力を丸ごと使えば彼女を別の人形として生き返らせることは可能だ。
人形の主は自身が死ぬ時に、人形を信頼できる相手に託そうとする。
でも人形は主が死んだ時、主と同じ墓に入ることを望む。
そして彼女は、
『心は土に、そして力をクロム様に』
こう綴っていた。
動力は、大きく分けると人形の知性――心が宿る部分と、力――能力が宿る部分がある。
そのことを指しているんだろう。
だからボクはこのリアの想いを半分だけ叶えようと思う。
彼女は最後に忘れてくれ、とボクに願った。
だからきっとこの力は……ボクがいつか作る人形に使って欲しいと願っているんだろう。
ボクがいつも口癖のように呟いていたことを彼女は覚えていたんだ。
『いつか巨匠のように大陸全土にボクの名前を広めて見せるッ!』
そんな夢物語の戯言を。
でも――
ボクは……この力を……
復讐に使う――
そして……ジークたち、そして彼女の首を取り返し、彼女の心と共に土へ還そう。
彼女が心を土へと綴ったのはジークと同じ墓へ入ることを諦めていたからだ。
でも……ボクが人形作家である以上、彼女を主と共に眠らせる。
それが、全てを懸けて逃がしてくれた彼女に報いる唯一の手段だ。
気力が尽きているならそれでいい。
空っぽの心に憎しみを詰め込むことができるから。
全てを復讐に捧げる。
だから、王の首を跳ねさせてくれればいい。
王と厄災の関係――それは王の最後を看取る時に聞けばいい。
そうすれば結果的に戯言も叶うことになるだろう。
「ボクの名前を大陸全土に広める……それが悪名だとしても――」
そんなドス黒い決意を固めたにも関わらず、こんな憎悪を振り撒くような生き方ができるほど、ボクは強くないことをすぐに思い知ることとなる。
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