第4話 嘘と夢
「……リ……ア?」
衝動的に地下へ飛び降りる。
左腕は無く、右足もかろうじて繋がっている程度。
胴体にも穴や焦げた痕、そしてひびがいくつも見える。
周囲には人形の血液とも言える『
「……――あ……クロ……ム様」
抱き抱えるように上体を起こすと、リアが目を開けた。
背中に回した手の感触で、背部に埋まっているはずの動力が剝き出しになっていることを感じ取った。
「どういうことか聞きたいけど……――まずは傷の手当だ……! だから――」
「ごめ……んなさい……」
「喋らなくていい! 治した後に聞く――ッ!」
喋るだけで傷口やひび割れからオイルが染み出している。
何もかもがボロボロの状態だ。
「ごめん……なさい……『
「――いいから黙ってくれッ!! 大丈夫だ! ボクは人形作家だ! これくらいの傷……!」
オイル
そして……この傷は……もう……
「私……あとを……つけられちゃてて……ここ……隠れたら……ぜ……んぶ燃やされて……クロム様の……人形たちも……ごめ……んなさい」
「もう喋らなくていいッ! 頼むから口を閉じてくれ――ッ!」
「ここの……人形も溶けちゃって……残った……のは……お腹に……隠せた……『人形の種』……くらいで……」
種を入れた布袋もオイルが染み込んでいる。
それだけ必死に灼熱の中でも、守り通してくれたことが理解できた。
そして。
手の動きに迷いがあることを見抜かれたんだろう。
ボクの言葉を聞きながらも、喋ることをやめようとしない。
「ハチミツ……ちょとだけ……飲ませっ……ください。ちゃ……んと……お話……したい……です」
オイルが染み出る喉を震わせるリアの姿にボクは頷くしかなかった。
手持ちのハチミツ瓶を手に取り、唇に当てながらゆっくりと飲ませた。
口元から僅かに垂れたミツを指先で拭いうと、その指先で頬を撫でる。
「えへ……えへへっ……クロム様。ハチミツ飲ませてくれた後……いつも頬っぺ……撫でてくれますよね……温かくて……大好きでした」
ボクが自覚していない癖のようだ。
パーティ結成当初はリアやモネがハチミツを飲むと、こぼすことが多かった。
なので、拭っているうちに癖になっていたんだと思う。
「もう……この
その時――
頭上から声が響いた。
リアの澄んだ声に被せるように、
「ひひひっ! 兄ちゃんそいつは逃亡中の人形じゃねえか~? ほんとに見つけるたぁ~すげぇなぁ……!」
スラムで話しかけた初老の男が覗き込んでいた。
ボクは大きく唾を飲み込み、仮初めの平静を装う。
「……え? これは……ボクが作った人形だよ。火災に巻き込まれて……文句を言おうと思ってたところだけど……」
「ひひっ! そうかそうかぁ……特徴も一致してるし、ちょうどそこに衛兵も――ゴブアッ!」
ボクは
「討伐して……封じてる時……王様と厄……災の関係に……ジーク様と……チケ様……気が付いて……」
リアは喋ることを止めようとしない。
まるで口が動くうちに伝えられることを全て伝えようとしているかのように。
ボクは……――
「ラクリ――ッ!? ……――お前その子はッ!!」
スラム街に向けて走り出した時、大きめのランタンを持ったヴィンチとキョウの姿を横目で捉えた。
一瞬しか見れなかったけど、二人とも人形を連れていた。あの格好はボクの手伝いをしに来てくれたように見えた……けど。
ごめん……今は話ができる状況じゃない。
「でも……クロム様は……ピタル国に行って……すごい人形を……作るのが夢だから……邪魔できないから……」
直接スラムに向かうことをせず、あえて森の中へ入り込む。
どこまで誤魔化せるかは分からないけど。
「だから嘘ついて……でも……クロム様にあんな嘘つくの。嫌で……嫌で……辛くて……」
リアの辛うじて動く右手がボクの胸元をぎゅっと掴みこんだ。
分かってる……分かってるよ……
そんなことも見抜けなかったボクが一番バカだってことくらい――
「大丈夫だ……一緒に遠くに逃げよう。大丈夫――スラムを抜けて南門から出れば追手だって……」
大丈夫ってボクは誰に言っているんだ……
リアに対してか?
それとも……ただ自分に言い聞かせたいだけなのか……?
「モネも……いつもムスっとしてたけど……あれはクロム様が構ってあげないからだったんですよ……その証拠に頬っぺ撫でられるとすぐに機嫌直しちゃって……」
なんで今そんなことを言うんだ。
これじゃまるで最後に思い出を振り返るような……――!?
南門が閉じ始めている。
そんなに厳重な警戒をしてるのか?
「クロム様……あっち……」
ボクはリアの指差した方角へ走り出す。その方向はスラムの奥だ。
「あっちの奥に……ごみ捨て川に繋がるダストスライダーが……」
ゴミをそのまま捨てることができる滑り台のようなものだ。
急傾斜でほぼ落下するようなものだけど、この際なりふり構ってなんかいられない。
まずは逃げ切ることが重要なんだ。
「分かった――ッ! こっちだな!」
スラムの連中は遠巻きに眺めるだけだ。
でも明らかに追手のような騒めきが背後から追いすがってきてる。
ボクは暗闇の中を必死に見回した。
錆びれたダストスライダーはゴミを捨てやすいよう口が広い。
これならそのまま――
「クロム様……降ろしてください」
「何言ってるんだ。このまま突っ込むぞ!」
「違います……二人で滑り降りる直前に……入口を私が破壊します……そうすれば……」
追手は降りることができなくなる。
リアはこの状況下でもボクより、ずっと冷静に物事を見極めていた。
「これを……」
背中から降りたリアは、手紙と布袋を二つボクに手渡した。
これはどんな状況でも手放すことはできない。手紙も布袋に突っ込み、縛り紐を腕に巻き付ける。
「〈
「やっぱり……もう無理だ。破壊できないならそれでもいい――行こう」
ボクはリアの手を引いて入口へ駆け出した。
そして――
「飛び込むぞ……――リア!?」
直前にリアがボクの手を振りほどき、
「最後にもう一度……頬っぺ撫でてもらいたかったけど……それはちょっと……ワガママ……すぎですよね」
ボクをスライダー内へ突き飛ばした。
衝撃に抗うこともできず、届かないと知りながらも伸ばした手の先で。
リアは子供のように無邪気な笑顔をボクに向けた。
「リ……ア……リアァァァ――ッ!」
「どうか……私たちのことを忘れな……――忘れて幸せになってください。私の『豪技』でここを……壊します」
背を向けたリアの姿が遠ざかっていく。
その姿が完全に見えなくなった時、目が眩むほどの閃光が入口を覆い尽くし、その直後に起こった轟音と爆煙がボクの体を包み込んでいった。
落下に抗う気力さえもなくなったボクは、落ちていく体と共に意識さえも深い闇へ落とすこととなった。
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