第3話 地下の人形

「……あっ」


 唇が渇ききっていることに気が付いた。

 どれくらいボクはこの場にいたのだろう。


 でもはっきりしたことがある。

 もう落ち着けなんて言い聞かせてる状況じゃない。


「八番倉庫……」


 全ての倉庫が燃やされている。

 ボクは炭とガレキの中に足を踏み入れ、八番倉庫のあった場所へ向かった。


 ガレキをどかしてみたところで、原型を保つこともできない作品たちが見つかるだけだ。

 溶けて潰されどれがどの作品だったのかも判別することができなかった。


「こんな状態じゃ復元もできやしない……ッ! なんなんだよ――ッ!」


 人形作家の作品たちは『動力』を込めていない状態だと恐ろしく脆い。


 動力とは『コア』と言われたり『ナッツ』や『フルーツ』、『ティア』とも言う、人形を形作る上で欠かせないものだ。


 呼び方が統一されていないのは、出身地域や扱う作品によって使う動力が異なるためだ。

 だからボクの場合だと『ラクリマ』という名前で認識しているけど、通じないことが多いので動力源、もとい動力呼びに慣れてしまった。


 動力を込めていれば――動く状態であれば倉庫が燃えようとも多少は耐えられるくらいの頑強さになるけど、変に出歩かないように動力を抜いていたことが仇になった。



「いや……そもそも倉庫全て燃やすなんてありえねえだろ……――ッ! ボクだけじゃない! 他の人が心を込めて作った作品だって他の倉庫にあったんだぞ!」


 これが先ほどのことと結びついているかは分からない。

 それでもこんな状況、結びついていないと考えるほうがおかしい。


 そこでボクは初めて気が付いた。

 よくよく見ればボクの他にも人がいることに。


 ガレキをどかし、丁寧に燃えカスを拾い集めていた。

 綺麗な金色の髪がすすに塗れることも気にせず作業をしている。

 自分勝手な行動。そんないたたまれない気持ちがボクに喉を震わせた。



「あ……すいません……他にも人がいるって気が付いてなくて……」


「いや……俺も同じように叫んだよ。叫んで叫んでやっと少しだけ落ち着いて……復元も無理だから……せめて埋葬を――ってね」


 二十にも満たないボクとそう変わらない年齢に見える。

 そんな彼がボクに視線を向けていた。



「今来たみたいだね。俺も詳しい事情は分からない……けど、三日前の夜中に起こったみたいで……朝気が付いた時には、全て焼け焦げた後だったそうだ」


 ボクの行動を見て同じ人形作家だとアタリをつけたのだろう。

 彼は自分が持つ情報をボクに教えてくれた。


「当時は王が命を狙われたって騒ぎもあった後だったからな。その騒ぎに便乗した愉快犯か……もしくは倉庫にある何かを狙ったのか……ってね」 


 きっと後者だ。

 だとすれば……ボク自身も反逆者とされている可能性が高い。



「安倉庫を使ってたのが裏目に出ちまったよな。預り所の店主はすでに逃げ出した後だ」


 そこへ体格のいい豪快な髭を生やしたおじさんも加わった。

 どうやら預り所を覗いた結果を教えてくれたようだ。



「埋葬か? それとも流葬か? 前者なら手伝うぜ?」


「もちろん……埋葬だけど……お気持ちだけいただきますよ」


 おじさんが青年に尋ねたこと。

 埋葬まいそう流葬りゅうそう

 埋葬は土に埋めて弔う方法に対して、流葬は川や海に流すことを指している。

 王都の南にも大きな川があり、そこに流葬という名目で人形を流す者もいる……が、それはただの廃棄だ。


 だからまともな人形作家は愛情を込めた作品を弔う時は必ず埋葬を選ぶ。

 大きな川の辿り着く先は、結果的にゴミ捨て場と同義だと分かっているから。


 量産人形を購入しても廃棄するにはお金がかかる。

 だからそんな人形を平気で捨てたりするやつらもいる。

 この川は国の外。無国籍地帯へ流れ込んでいるので、あらゆる意味で都合がいいんだろう。

 国内から最小限の労力でゴミを外へ流せるのだから。


「そうか……邪魔しちまったな」


「いえ……せめて自分の手で――っていう俺の自己満足ですよ」


 この二人が人形と誠意を以って向き合っていることが、このやりとりだけでも伝わってくる。

 だからこそ、謝りたい。

 でも……今のボクにはそれができない。


 だからせめて――


 ボクは背負っていたリュックを置き、中から布を取り出し、


「あの……埋葬する時に……これで包んであげてください」


 それぞれに大判の布を差し出した。


 おじさんは布を指でなぞると、


「お前……これ高級布エクロースだろ。しかもきっちり使い込んで馴染ませてる。こんなもんどうぞなんて渡すもんじゃねえぞ?」


 やっぱり人形に精通している人だ。

 そして青年も同様に確かな目を持っているみたいだ。


「そうだね……俺の手持ちは全て燃えてしまったからありがたいが……それなら買わせてくれ」


「いや……使ってください。そして……お金を受け取るくらいなら渡すことはできません。だから……それで人形たちを弔ってやってください」


 二人は黙って差し出し続けたボクの布を受けとると深く頭を下げてくれた。

 本当は……ボクが下げなければいけないのに。



「オレは『ヴィンチ』だ。悲しい出会いだがこの事は決して忘れねえ」


「俺はピタル国から来た『キョウ』だ。これは借りだ。必ず……返す」


 ボクの鼓動が跳ね上がった。


「ボクは……」


 名前を告げることはできない。

 どこで誰に知られるとも分からないのだから。


「ボクは……『ラクリ』……です」


 咄嗟に浮かんだのは動力の呼称だ。

 堂々と名前も伝えることができない自分へ無性に腹が立った。



 二人が人形の残骸集めを終え埋葬地へ向かうことを見届けると、ボクは自分の人形の残骸集めを始める。

 倉庫の残骸なのか、人形の残骸なのか、判別するだけでも気が遠くなりそうだ。


「そうだ……地下も……」


 これだけの熱気を受けたら動力抜きの人形は耐え切れない。

 残骸が混じらないことがせめてもの救いと考えよう。


 ガレキをどかし地下の扉を開ける。

 日が落ちて来て辺りも暗くなってきている。

 地下ならなおさらだ。

 用意しておいた携帯照明ランタンに火を灯す。


 ランタンを握る手を地下に伸ばし、薄暗がりの中を覗いた時――


 ボクの瞳が見知った人形の姿を捉えていた。

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