第2話 分岐点

「はっ……ははっ……」


 落ち……着け……


 思考を放棄するな……


 胸の内側。

 鼓動が速く、そして強く……突き破ってしまうほどだとしても……


 冷静さを欠いたらダメだ。


 鼻に纏わりつくようなゴミ捨て場の異臭。

 そんな匂いを物ともせず深呼吸をした。


 もう一度だ。


 もう一度……ちゃんと顔を確認しよう。




「――!? あ……あぁ……うっ……おぇっ……――」


 見間違えなんかじゃない。

 ジーク。

 チケ。

 モネ。


 一緒に旅をした三人の顔がたしかに並んでる。

 顔だけを見れば生きていると言われてもおかしくないほどなのに。


 首から下に繋がるべきものがないだけで……

 腹の奥底からこみ上げてくるものを抑えきれなくなる。


 ……――リアは……? リアの首が……ない。


 探す……――待て。

 どうしてこうなったのか。それをはっきりさせなきゃいけない。


 ボクは周囲に不自然なほどに視線を這わすと、ローブに付属しているフードを深くかぶった。


 大丈夫だ――

 ここにいる人らはただのスラムの野次馬だ。

 大丈夫だ――

 ここで質問をすることは不自然じゃないはずだ。

 大丈夫だ――

 ボクがボクであることをここの誰も気にすることなんてないはずだ。


 何かを考えていなければ気が狂いそうだ。

 今は点でしかない事実を線にできるような情報が欲しい。

 

 ボクは髭を蓄えた初老の男性に近づいた。


「こ……こいつらは何の罪でこんな姿に?」


「んあ~……? ああ~なんでも王と謁見する機会を頂戴したけど、その場で王に斬りかかったらしいぜ~?」


 何も繋がらない。


 王と謁見する機会を得たのは、恐らく厄災討伐という偉業のおかげだ。

 なら……なぜそこで功績を無に帰すような真似を?


「と……とんでもないやつらですね……まぁこんな姿になればもう悪さもできないでしょうし……」


「んや~なんでも一体逃亡中らしいぜ~? 見つけたら褒美があるみたいでよ……そこの晒し首になってるやつの人形が逃げてるらしいぜ~?」


 ――リアだ。

 ジークのパートナーとして同行していた人形。

 チケの人形であるモネがに居る以上、リアしかいない。


「そ……それは一攫千金のチャンスですね……」


「ひひひっ……こいつら『豪の者』だろ? ま~兄ちゃんが狙うのは勝手だが、手負いとはいえ、普通のやつらにゃ~無理だろうよ~? 見つけて知らせるだけでも褒美はあるみてえだがな~」


「な……なるほど……せ……せっかくのチャンスなので探すだけ探してみようかな……ハハッ……」


 足早にその場を後にする。

 ボクは自然な態度ができていただろうか。


 意味もなく周囲を警戒しながら見回した後、ゴミ山の影に身を潜めた。


 何も理由が見えなかった。

 報酬をもらうだけだろ? なんでそんな行動を……


 ついさっきまでとは、まったく別の意味で頭が茹っている。

 でも、一つだけ今のボクでも分かることがある。


 分岐点に立っているということだ。

 この件に首を突っ込むか。

 それとも……そもそももう部外者である以上、忘れるか。


 ……――


 ……――――


 ……――――――


 考え込んでみて、やっぱり自分自身がまだまだ混乱していることを自覚した。


 そう……分岐点なんて存在しなかったんだから。


 あんなことを言われて別れても……


 そこに理由があったと思いたい――


 だから……その理由を知りたい。


 ボクの決意は間違っていないと言える。

 その証拠に茹っていた頭が冷めて霞がかっていた視界も澄んできたから。

 だからきっと、法や倫理なんて関係なくボクにとって正しいことなんだ。



「何をするにも準備が必要だ……でも焦らず怪しまれず……ボクは倉庫に荷を取りに行くだけの旅人だ。何も怪しいことは……ない」


 復唱することでより意識をこれからの行動に向けた。

 ボクは動揺を隠せるほど器用じゃない。

 だから、決めたことを決めた通りに行動する。


 ボクの手持ちは旅の荷物を積んだリュックと整備道具。

 お金は……正直厳しい。


 人形を保護するための高級な布は何枚かある。

 だから最悪これを売ってお金にする必要もあるかもしれない。

 思い出が詰まってるからできれば売りたくない……けど、きっとそんなことを言っていられるのは今のうちだけだろう。


 預り所は街中だけど、保管してる倉庫はここから遠くない。

 大丈夫。場所も覚えてる。


 倉庫は五十棟。ボクが借りたのが八番倉庫。

 大丈夫。取りに行くだけだ。


 ボクの性格がここでとなっていることに感謝する。

 ボクは捨てられた人形を見つけると治した後に迎え入れる癖があった。人形自身に目的があれば治した後に見送るけど、あてもなく彷徨うくらいなら――という考えからだ。


 そんなことをしているうちにかなりの数になっていたけど、同時に厄災討伐という危険な旅に同行させることはできない、という決断もしていた。


 だからこの旅の前に預ける必要があったんだ。


 もしも少量だけだったら街中の預り所で事足りてしまう。

 大量だったからこそ、倉庫側に預けることになったんだ。


 だからこそ安いゴミ捨て場近くの倉庫を借りることになった。

 正直に言えば一棟じゃ足りなくて、こっそり倉庫の隅を掘って地下にも置いたけど……それも安倉庫だからこそできたんだと思う。



「行こう……大丈夫。倉庫に荷を……――」


 普段の行動を意識するということは想像以上に困難だった。

 追われているような錯覚に自然と足が早まってしまう。


 それでもゴミ捨て場を抜け、森の一角を利用した倉庫区画に辿り着くことができた。


 そして。


 五十棟の倉庫全てが燃やし尽くされ、ガレキの山と化している光景を前に、ボクはついに思考が空白を刻み込み、佇むことしかできなかった。

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