その後──始動前夜、残らない日常
一か月後──。
国王が鎮座していた玉座の間はもはや王権の象徴である玉座は撤去され、閑散とした室内にポツンと円卓が置かれていた。
その円卓、扉側の席に腰かけ、俺はこれから行われる共和国第一回目の全体会議に向けて書類を見直していた。
「国王陣営にも有能な人材は多いんだけどなぁ……」
独り言が物静かで神聖さすらある室内に溶けてゆく。
眺めていたのは王国側、ギルド所属含む人材の履歴書。
今の俺たちの陣営には圧倒的に人材が足りない。共和国を国として健全に運用してゆくための人間を選定することが第一回の会議の議題になっていた。
「財務とか元一般人に分かるわけないからな」
特に財政や経済分野が圧倒的に不足している。
ギルドの要望の言いなりになってしまえば、ギルド同士の覇権争いに国が利用されかねない。
かといって要望の是非を判定できるスキルは誰も持ち合わせていないのだ。
財務大臣経験者の貴族の履歴書を眺めながらため息をつく。
「浮かない顔ですな。もう脅威は去ったのでは?」
ポンと円卓の中央にワープしてきたアシが怪訝な顔でのぞき込んでくる。
「物理的な脅威はね。ただ権力とか国の運営みたいな内在的な脅威は残ってるし消えないよ。それと、テーブルの上に座るなよ。会議出禁にするぞ」
「ンンンンン! それは恐ろしい! 私にも出る理由があるというのにご無体な!」
ポン、とふざけたような効果音とともにアシは俺の背後に回った。
「出る理由ってのも研究開発分野の一員ってだけだろ」
「それが重要なのです!! わたくしが出席しませんと研究費など削減されてしまうでしょう!?」
基礎研究がいかに重要か熱弁し始めたアシを聞き流しながら履歴書に目を通してゆく。
要するに自分の分野の基礎研究費が事情も知らない人間たちの手で削減されるのが嫌だということだろう。
日本でもよく言われていることだ。基礎研究を無視し、実学に資金を注いでしまうと既存の技術の発展は期待できるが、あらたな発見や新技術、科学的事実の発見には寄与できない。
こちらの世界でも実益ばかりに目がくらんでいる人間が多いみたいだな。
「で、何か用があってきたんじゃないの?」
「ンン、そうでした! 魔王様がお呼びですよ。明日の会議の魔族代表についてらしいですぞ」
魔族代表ってアシとテンで決定してなかったっけ?
役人登用する人材が決まっていないのであって会議に出席するヒトは決定していたはずだ。
「ありがと。話してくるわ」
「ンン、行ってらっしゃいませ。会議室にいるそうですぞ」
アシと別れたその足で会議室へ向かう。
こういう時ワープ使えないの不便だよなぁ。
無駄に城もデカいし……。
共和国の中枢を担う施設としてはこの上ない場所だと思って指定したけど間違いだったか?
どうしようもない文句を心のうちにたれ流しながら会議室のドアを開くと、ふんぞり返っているテンと側で書類を確認するマルタの姿があった。
「ようやく来たか」
「文句はアシに言ってくれ。それで、誰か出れなくなった?」
「いや、逆だ。一人追加したい。お主、国境で交易を開始したのは覚えているな?」
「もちろん。商人の往来のみに限定したやつだろ」
「そうじゃ。その交易を担っていた商人に出席させたいのじゃ。今の出席状況では人間と魔族の間で動いていたものがおらんのじゃ」
テーブルにつくとスッとテンから貿易商の履歴書が渡される。
見る限り交易を始めた当初から魔力商品を売買していたようだ。
「了解。そういうこと言ってくれると助かる」
「じゃろう。我も共同統治者なのじゃ。存分に頼るといい」
ふんぞり返ったままドヤ顔で、ない胸を張る。
「共同統治者と言っても暫定だからな」
「わかっておる。王がいない国などほんとにできるのかのう?」
「できるさ」
元いた世界ではね。
他種族国家はなくとも多民族国家なんてごまんとある。
ならばたった2種族の共生なんて楽勝だろう。
「兄様、テン、少々よろしいですか」
おずおずと手を挙げてマルタが口を開いた。
無言で続きを促すとガラもなく遠慮がちに話し始めた。
「私が会議に参加する意味はあるのでしょうか? 兄様やテンのように統治者でもなく何かの専門家でもありません。会議においてはお役に立てないように思えるのですが……」
「逆だよ」
「逆、ですか?」
目を丸くするマルタの視線を正面から受け止める。
「専門家じゃない意見は必要だ。勇者パーティとして国を回って、街ごとの使い勝手はよくわかってるだろ? その利用者の視点に立った意見が欲しいんだよ。それに魔物、戦闘に関しては専門家だろ? 安全面での意見ももらいたいからな」
今さら何を言ってるんだとも思うけど、専門家ばかりの会議に出席するってなって不安になったんだろうな。
士気上げ、メンタルケアも重要だな……。
「マルタは必要な人材なんだよ。呼ばれたのにはちゃんと理由があるし、それに役に立てないとか、意味がないとか背負わなくていいんだよ。そのための共和制だ。みんなで協力して、みんなで補い合っていくんだ」
「なるほど……わかりました! 私も頼らせていただきます……!!」
どれだけ人を頼り、人に頼られるか。
それは共和国の運営の大切な要素になる。
ここから、この会議から共和国はスタートする。
ここまでが序章だったんだ。
ようやく俺が、俺たちがなすべき使命を果たす段階に来た。
「追放より共存を」
我ながらクサいセリフまで飛び出してきてしまった。
「兄様? 何か言いました?」
「いや。何でもない。さあ、もう会議の時間だ。行くぞ」
ここからはありきたりで平凡なストーリーになるかもしれない。
でも、妹を追放させるしかなかった物語よりかはマシだと、俺は想うのだ。
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【あとがき】
最終話までお読みくださりありがとうございました!
大幅に更新が遅れてしまい申し訳ございません……!
単位というバケモノと戦っておりました……
どうしても共和国始動前夜の不安感やヴィルの現代世界への過信を描きたかったためアフターストーリーとして1話増やしました。
楽しんでくれたのなら幸いです!
また次作でお会いしましょう!
ありがとうございました!
妹が勇者パーティーに選ばれたので追放させてみた~悪役貴族に転生した俺は魔王の代わりに勇者をヤる 紙村 滝 @Taki_kamimura7
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