第3話
「筒井さん大丈夫?」
玄関からドアを叩く音が聞こえた。お隣の長谷川さんだ。よく余り物の野菜とか果物を分けてくれるお節介なおばちゃんだ。鬼は包丁を握りしめて弟を見据えたまま動かない。
「鬼は外……」
鬼は弟をすり抜けて、ベランダの引き戸を開けてリビングから出た。脚に力の入った僕は弟に駆け寄って抱きしめた。白い靴下はお母さんの冷たい血を踏んで、赤色が広がっていく。ベランダに出た鬼を見ようと視線を移すとどこにもいなかった。
いつの間にか長谷川さんの声も聞こえない。助けて。弟は胸の痙攣が止まらない。警察を呼ばなきゃ。いつもは覚えている警察を呼ぶ三桁の番号がわからない。救急車とごっちゃになる。
「誰だお前は!」「止めろ!」「ぎゃああああ」
喉が千切れそうな声が聞こえたとき、ベランダの引き戸の鍵をかけた。玄関のドアもカギをかけないと戻ってくる。泣いている弟と血だまりで横たわるお母さんをすり抜けて玄関に向かった。やっぱりお父さんがお母さんと同じように背中を刺されている。
お父さんを跨いでドアに手を伸ばす。指先で鍵を閉めた。残りはチェーン。方が抜けるくらい手を伸ばしたけど届かない。ごめんね、と言ってお父さんの血を踏みながらチェーンを掴んだ。
音を立てないようにのぞき窓に近づく。さっき握られた心臓はまた激しく音が鳴っている。もしドア越しに鬼がいれば、気づかれてしまうくらいバクバクとうるさい。疲れていないのに呼吸するのが苦しくて息を止める。
歪んで見える外には何もいなかった。息を止めるのもしんどいし、靴下はもうべちゃべちゃで脱ぎたい。弟も声が枯れている。お父さんとお母さんは鬼に殺された。早く警察に通報しないと。
のぞき窓から顔を離して弟を振り返った。血まみれで倒れているお父さんとお母さんを通り過ぎなければ弟の元へ行けない。涙が込み上げてきた。なんとか弟の背中をさすって震える手でスマホの緊急通報をタップする。
ベランダに目を向けると、鬼がドアにへばりついて僕たちをじっと見降ろしていた。
おにはそと 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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