第2話

「おにはそと! ふくはうち!」


 ドアが開きかけたと同時に、弟は甲高い声を出しながらお父さんに向かって豆を投げ出した。ドアや壁にぶつかった豆は固い音を出して床に散らばった。全部終わったとき豆の掃除を手伝わされるのも節分を楽しめない理由の一つだった。


 ゆっくりとドアから体を出してきたお父さんはやっぱり赤いタイツを着ていなくて黒いジャージ姿だった。こんな服持ってたっけ? というか黒鬼のつもりなのかな。それに右手を後ろに隠しているようだった。何か弟を驚かせるものを持っているのかもしれない。


 弟はもう豆を使い果たしたのか、お母さんの持っている豆を欲しがりつつ、背中に引っ付いている。お父さんは無言でゆっくりと二人に近づいていく。なんだか鳥肌が立ってきた。お母さんは顔をこわばらせながらお父さんをじっと見ている。手を後ろに回して弟を守っているようだった。


 お父さんが手に持っていたものから何かが床に落ちた。床には丸くて赤い形ができた。


「陽介! 遥斗!」


 お母さんは大きな声で僕と弟の名前を呼んだ。心臓がぎゅっと握り潰されたと思った。お母さんが弟に振り向いたら、お父さんが後ろに回していた手を振り上げた。いつもお母さんが使っている包丁だった。赤いもので濡れている。お父さんはそのまま勢いよくお母さんめがけて腕を振り下ろした。


「うぐううう」


 お母さんの背中にまっすぐ包丁がささり、弟は茫然と立ち尽くしていた。お母さんが刺された。弟を守らないと。頭は冷静だったのに、身体が全く動かない。お父さんの後ろにあるドアの隙間から、薄い茶色のズボンを履いた脚が横たわっていた。周りはどんどん血が広がっていくようだった。この鬼はお父さんじゃないんだ。


「筒井係長は鬼。鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外」


 鬼は小さく呟き始め、かがんでお母さんの背中に刺さった包丁を抜くと血がどんどん広がっていった。弟の激しい泣き声が部屋中に響き渡る。


「君たちのお父さんは僕に自分の仕事を押し付けた筒井さんのミスも僕の責任になった擦り付けられたんだ。僕は病んだ会社を辞めた筒井さんは鬼。鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外鬼は外。鬼の家族は全員外」


 鬼はゆっくりと踏み出しながら弟に近づいた。「やめろ」と言った僕の声は息だけが漏れた状態で鬼まで届かない。弟は喉が割れそうな勢いで泣き続けている。

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