13. 小さな奇跡
『君がそばにいてくれたら、もう他の女はいらないよ。一生をかけて、それを証明してみせよう。君も一生、考え続けてくれればいいよ。私が信じられるという答えが出るまでね』
あれは彼の本心だった。一生に一度、私だけに見せた彼の我儘。そして、人生の最後の最後まで、ニコライ様はそれを証明しようとしてくれた。
ニコライ様が生涯をかけて示してくれた真心を、今度は私が返す番。これが私の出した答えだった。
修道女の鈍色のベールが、私の花嫁衣装。私はようやく未来永劫、彼の皇后となる。
「ニコライ様は寂しがり屋ですから、私がそばにいないとダメなんです。誰かに嫁いだりしたら、きっと物凄くショックを受けてしまいますわ」
「そう? お兄様はゾフィー様のことだけは諦めなかったから、むしろ闘志を燃やすんじゃないかしら?」
「どうでしょう。でも、私がニコライ様のおそばにいたいんです。いつか、またお会いしたときに、私を残してさっさと逝ってしまった責任を取らせようと思って」
「まあ、ふふふ。そうね、そういうことなら。でも、きっとお兄様は喜ばれるわ」
「ええ、私もそう思います。あの方はなかなか本音を言わないから、こちらが察してあげないといけないんです。困った人ですわ」
私たちは、お互いに目を見合わせて笑いあった。同じ人を愛した私たちは、これからもそれぞれの形でこの愛を胸に抱いて生きていく。
夜も更けてきたので、私はそろそろ退出することにした。明日にはもう帝国へ発つ。春になる前にやっておかなくてはいけないことが山程ある。
「近いうちに、またお会いしたいわ。帝国には娘が留学しているのよ。遊びに行くときに、ゾフィー様にも会いに行っていいかしら」
アレクセイ様の妹クリスティナ王女は、帝国の看護学校で学んでいる。皇妹ということは隠して、庶民と一緒に学生寮で生活していた。
「もちろんですわ。お待ちしております」
私たちは抱き合って別れを惜しみ、再会を約束した。ニコライ様のたった一人の
「あの、ゾフィー様。輪廻転生って、生まれ変わりって信じる?」
「東洋の思想ですか? あまり詳しくは知らないのですが……」
「私は信じているの。人は必ず愛する人の元に回帰するって。ゾフィー様は、きっとお兄様のところにたどり着く。私が保証するわ」
「もしそうなら素敵ですね。そのときは、今度こそ婚約を全うしますわ」
「ええ、絶対に。そうしたら、ゾフィー様は私の義姉ね。そうだ、これからはお
「そんな。恐れ多いですわ」
「あら、修道女になるんでしょう? それなら、どっちにしろ『シスター』じゃない。おかしなことはないわ。これはプレゼントのお返しよ。私の感謝の気持ちを受け取って」
王妃様のめちゃくちゃな理屈に、思わず笑みがこぼれた。私が育てた子の母。私の愛した人が心から愛した女性。
そして、彼女は今、私の可愛い義妹となる。ニコライ様が繋いでくれた縁。私がずっと大事に守っていくもの。
「分かりましたわ。アリシア、体に気をつけてね」
「ええ、お義姉様もね」
馬車に乗るために外に出ると、いつの間にか粉雪が舞っていた。真っ白な聖誕祭。
これはきっと、ニコライ様からのプレゼント。彼は私にも最後の贈り物をしてくれた。この温かい気持ち。これは優しい義妹と共に、彼が私に残してくれた最高の宝物。
雪明かりの柔らかい光の中に彼がくれた愛が溢れて、涙で視界がぼやけた。私もニコライ様を思って泣いていい。やっと素直にそう思える。
『ゾフィー、こっちにおいで。さあ、一緒に行こう』
降りしきる粉雪の中から、ニコライ様の声が聞こえた。いつものように、微笑みながら手を差し出してくれる。
はい。いつまでも一緒に。最愛の貴方と、いつかまた会える日まで。だから、もう寂しくない。私たちはずっと共に歩いていく。
『ずっとそばにいて、君を見守るよ。約束する』
ええ、約束ですよ。貴方の待つ場所にたどり着くその日まで、私のそばにいてください。私も貴方のそばで、永遠に貴方を愛し続けます。
『ゾフィーは、言い出したら聞かないからな』
ニコライ様はそう言って、優しく小さく笑った。私もそれに微笑み返し、遥かな未来への希望を胸に歩き出す。愛する人の元へと続く長い道を。
聖誕祭には小さな奇跡が起きる。すべての人の心に、温かい気持ちが降りてくる。私がニコライ様からもらったように、貴方にもきっと
だから、願わずにはいられない。大好きな人たちに、大きな幸せが訪れるように。たくさんの愛に包まれるように。愛して愛される人生が、その心を満たすように。
大切な貴方に、そばで貴方を見守ってくれるすべての優しい人たちに。心を込めて伝えたい。
ありがとう。たくさんの愛をありがとう……と。
― 完 ―
聖誕祭の贈り物 ~ 天国から降る粉雪が届けた奇跡 ~ 日置 槐 @hioki-enju
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