第4話
最後に水を飲み「ごちそうさま」と言って羽根をぶるぶると震わせた。羽根から白い粉が少し落ちる。
「ところで帰りたいところは知ってるの?」
「…知っているわ…けど、どうやってそこに入るのかがわからない」
「そう…」
少し空を見て考える。どう帰りにくいのだろうか。
「とりあえず周辺に行ってみない?」
と聞くと、愛は少し元気なさげに頷いた。
---
白がくすんで少し灰色になった大きな大きな家。愛が言うには、海辺に城のような豪邸を建てるのが夢だったらしい。そこの窓から毎日海を眺めたいのだそうだ。なんでも子どもの頃の友達とたてた夢だとか。
ぐるりと一周するとたしかにものすごい広さだった。城といってもいいくらいだ。
中からおじいさんが出てきて、ベランダにおいてある椅子に座った。なんとも寂しげな、でも寂しさを知らない雰囲気をしている。漠然としているというのか、煩雑としすぎて心が空っぽなのか、それとも静かすぎるのか、私にはわかりかねた。
また同じところから男性が来て、黙ったままお茶の用意をしている。お茶を用意し終えるとすぐに中に戻った。
なんとなく惹かれるまま、吸い寄せられるように近くの手すりに立つ。おじいさんは私には目もくれずただひたすら海を見ていた。きっと今は声をかけるべきではないのだろう。なぜそう思うのかもわからないが、すぐに飛び立った。
愛の元へ戻り「あの人のもとに愛は戻りたいの?」と聞くと「うん」と返ってきた。
その場で飛ぶのも大変なので、なんとなく街の方へ飛びながら
「たしかにあれじゃ帰れないね」
と言った。おじいさんは何もかも忘れたような、いや、捨てたような感じだった。あれでは愛の帰る家はどこにもない。
愛からは「うん」としか返ってこず、そのまま私についてくる。私はふらふらとあっちやこっちやと飛びながら、自分の中に芽生えたなんとかしてあげたい、という気持ちに驚いていた。今までは漠然と――それでも曖昧で出来ていなくて――していたものだった。これは愛との関わりから学んだものなのだろうか。それとも今までの全ての経験から生まれた感情なのだろうか。分からないが、おじいさんの空虚な儚さも、愛たちの帰りたい気持ちも大事な気がする。
それら全てを優しく包みたいと思った。
ふらふらと迷いながら、切られても縄で人が入らないように守られている木に降り立つ。その瞬間、子どもの声が聞こえた。
小さな子どもたちが周りにやってきて、鬼ごっこをしている。縄の中には入れないのを利用して上手くぐるぐると走っている。次第に息が荒くなり4人ともしゃがんだ。
「陛下もこうして遊んでたのかな?」
「ないない!女の子がこうやって泥まみれにならないだろ」
「そうかな?」
「あそこの女の子達、多分あれ、ギジの卵取ってるんじゃないかな」
その子が指差す方を見ると、草の生えた水辺で色んな年齢の女の子たちが楽しそうに水をかきわけていた。
それを見て、薄茶色の肩まで髪を伸ばした男の子が「うえー!ギジが好きだなんてありえない!」と言って、舌をべーっと出す。
それをかわきりに、ギジは美味しいだの、見た目が気持ち悪いだの四人はそれぞれ言い合った。白熱していくのでずっと続くのかと思いきや、細く青白い金髪の男の子が「こんなんじゃ女王陛下の旦那になれないよ」と言った途端、話がおさまった。
一息ついたあと、坊主頭の男の子が突然地面になにかを描き出した。なにかと覗くと、家の間取りだった。
「ここは俺の部屋。こっちがジス、ここの階にリン、こっちがルーカス。一番上が女王陛下!」
「食堂は一番豪華にしよう!」
「洗濯するところも広いほうがいいんじゃないか?お母さんがいつも怒ってるから、広いといいかも」
「食料庫が大事だろ」
とそれぞれが出す案に頷きながら、坊主頭の男の子は描いていく。
終えると外観を考え始めた。四人が四人好き好きに描いていく。どれも淡い想いを込めているのだろう。こっちがいいなど言ってまた言い合いになった。結局出た結論は、それぞれ城を建てて毎日みんなで周って住む、だった。
きっとこの恋――いや憧れは、いつか忘れて好きな人を作って結婚をしてしまうのだろう。それか仕事や人間に埋もれて何かを想うことすらなくなるのかもしれない。でもこの子達にとってはそれが全てなのだ。これが今、この瞬間のこの子達にとっては世界なのだ。
そのうちに他の友だちであろう二人組がやってきて、四人は二人組と合流してどこかへ行った。
───
体が軽く揺れる。
「ゆめみ?」
重いまぶたを開けると愛が心配そうにこちらを見ていた。
「この木の上に降り立った瞬間気絶してたけど…どう?頭とか痛くない?」
と言われて、自分の身体の中の感覚を気にするが特になにもない。
「どこも痛くないよ。多分寝てたのかな」
「…そうならいいけど」
起き上がりながらさっき見ていたものを思い出す。エイプリルと百合のところでの事を考えれば、これもきっと拾わなきゃいけないものなのだろう。私は――いや他にも居るらしいから私達は──いったい何を拾っているのだろう。どこまで拾えばいいのだろう。そしてそれは返すべきか、持っておくべきか。そのうちはっきりと考えることが出来る日が来るのだろうか。
一つ間違えれば相手は居なくなってしまうだろう。
私は無意識にため息をついた。どこからともなく悲しさが湧いてくる、と同時におじいさんの事が気になっていた。おじいさんの心が知りたい。
そう思ったらすぐに行動に移していた。
「愛、もう少しあちこち行っても良い?」
と聞くと、戸惑いながらも「いいわよ」と返ってきた。
ものひろい ゆめのみち @yumenomiti
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