僕の墓には黒百合が相応しい

缶ずめ

第1話 ミュージシャンの話

Side:霧金優那

 

 鼻歌を歌いながら私は曲を作る。今日は雨が降っているらしく歌詞を書く手がいつもより進む。夜、世界が寝静まった頃合いに私は動き始める。世界に逆らうように、何かを訴えるかのように私は音を刻む。私が作る曲はが多い。前向きな曲は無く、不条理や理不尽を歌う、私が今も尚あらがっているように。


 2年前、私に音楽を教えてくれた師匠とも言える人、太幡おおばた皐月さつきが交通事故で亡くなった。事故の原因は不明。双方の車に何かの不備があった訳でも、よそ見をしていた訳でもない。何故か事故になってしまった。


 私はずっと彼女の音を聞いて育った。彼女は世界に名前を知らしめるミュージシャンだった。彼女が作る音はとても強い感情が乗っているはずなのにふとしたことで消えてしまうような、例えるなら”儚い”と表せるようなそんな音。私は皐月さんの音に耳を奪われた。皐月さんみたいなミュージシャンになりたくて私も音楽を作り始めた。皐月さん以上のミュージシャンになりたい。そして皐月さんが叶えられなかった夢を私が叶える。そのために毎日曲を作り続ける。


「ん〜そろそろ休憩しよっかな」


 大きく伸びをして時計を確認する。すると時計の短い針が4を指していた。0時から作り始めていたのでかれこれ4時間くらいずっと作業していたことになる。今までずっと作業をしていて気づかなかったが少しのお腹がすいている。何か食べようと椅子から立ち上がったときスマホが振動しメッセージが飛んできた。


『いまおきてるか?』


 送ってきたのは私の幼馴染である篝火かがりびけい。よく私のサポートをしてくれる。プロデューサーと言っても過言ではない。彼も皐月さんから音楽を教えてもらっており、私より歌が上手い。私は音楽を作り、歌う。そして歌の部分を慧にアドバイスをもらう。それが私..いや私達の音楽なのだ。


『起きてるよ』


 と返して、私は買い貯めしてあるカップラーメンを作り始める。お湯を注ぎ込み、3分待っていると、出来上がる頃にメッセージが返ってくる。


『この前の曲のサビの部分なんだけど...』


 内容はこの前一通り録り終えた新曲についてだった。彼がこの時間帯にアドバイスを送ってくることは珍しいことじゃないし、逆に他の時間帯に送ってくる方が珍しい。そしてそのアドバイスを元にサビをもう一度録音してみる。そして休憩にする時間のはずが再び曲作りに没頭してしまった。


「ふぅ...あ」


 一時間ほど録音をしていたが食べようとしていたカップラーメンをすっかり忘れていた。容器の側面を触って見ると人並みかそれ以下の温度になっていた。あんまり食べる気もしないがもったいないので仕方なく食べてみる。


「...美味しいかも?」


 そう呟いてカップラーメンを食べるのであった。



 不意に目が覚めた。カーテンの隙間から光が少し漏れ出ていて日が昇っていることを確認できた。あれから何時間寝ていただろうか、顔の横にあるスマホを手に取り時間を確認する。


「んぅ...13時...ちょっと急ごっかなぁ〜」


 伸びをしながらそう呟く。大学の時間まで余裕とまではいかないが準備をする時間くらいならあるといった感じだ。部屋着を脱ぎ制服へと着替えていく。


 私の通っている大学、太陽大学は出席日数やテストの点数よりもが重要になっている。授業態度がどれだけ良くてもテストで100点をとっても社会で結果を出さなければそんなものゴミに過ぎない。逆を言えば授業態度が悪くてもテストが0点でも社会で結果を出していればその功績が認められ成績がつく。私が深夜に音楽活動をして、午後に大学に行っても何も問題なく過ごせているのはこの制度のおかげである。そして私はそんな大学の2年音楽科に通っていて、私の活動名は”よいあかり”。これでも大学の中じゃ2番目に成績が良い。それに1位ともあまり差は無い。


「よし。後はバックにノーパソとヘッドホンとUSB入れて、よし。行ってきます皐月さん」


 玄関に飾ってある3を見て微笑み、自分の家を出た。


 私の家から大学までそこまで遠いわけではなく徒歩で行けるくらいの距離である。大学に向かっている途中で見たことのある背中を見つけた。その背中にそっと近づき背中を思いっきり叩いた。


「いってなぁ...優那かよ...」

「おはよ。慧」

「あぁ、おはよう」


 慧の家と私の家は少しだけ離れていて、こうして通学中に合うのは多くはない。慧も太陽大学に通っていて私と同じ2年だ。学科は文芸部、歌を歌うのは好きらしいがそれより詩を書くほうが好きらしい。他の学科に書き物を頼まれたり私もよく歌詞の相談をする。皐月さんもよく慧の詩を褒めていた。


「歌の件どうだった?」

「うん、いい感じ。言ってた通り、オク下のハモリ入れたら良くなった」

「そうか」

「そっちの方はどうなの?」

「順調だよ。締め切りには間に合うさ」


 慧は本を主な仕事として生活していて、私の成績が2位なのは慧が1位だからだ。これまで慧は大学に入ってから7冊の本を出版しているが全て1万部を突破しているらしい。中には2万部を超えた作品もあるのだとか。わからない人が多いと思うが、大体数千部売れればヒット作と言われており、2万部以上で大ヒット。全く売れない作家が世の中に数万といる中で1万以上も売れているのだから天才としか言えない。これが成績1位の由縁である。


「そういえば次出す曲のモチーフってオペラ座の怪人か?」

「そう、よくわかったね」

「まぁそりゃな」


 オペラ座の怪人は慧が一番好きな台本シナリオ。中学1年生の頃に一度皐月さんと私と慧の3人で演劇を見に行った事がある。そこで見たのがオペラ座の怪人だった。その場にいた誰よりも熱心にシナリオを見ていた。あの劇のどこが彼にささったのかは私のはわからない。けれどあの日以来月に2回以上もシナリオを見に行っている。


「なんでオペラ座の怪人をモチーフにしようと思ったんだ?」

「イメージしてた歌とオペラ座の怪人の相性が結構良くってね。それにいつか書きたいとは思ってたし」

「完成するの、楽しみにしてる」

「わかった」


 私達の会話は他の人から見たら淡白な会話かもしれない。でも仲が悪いわけじゃないし何ならそこらの友達より良い方だ。お互いのことを理解しているから淡白な会話でも意思疎通がしっかりできるのだ。


「そろそろつくよ」

「そうだな。はぁーめんど」

「流石に出席日数0は退学になるよ?」

「わかってらぁ」


 そんな愚痴を吐きながらも大学の校門を通って行く私達。


「じゃまた」

「おう」


 そう言って私達はそれぞれの部室へ向かっていく。音楽科と入ってもその全員がサークルに入っているわけではなく案外少ないものだ。当たり前だが私が昼頃に来てるのもあって音楽科のサークルには私以外の部員が全員揃っていた。人数は私含め5人。1年と3年が一人ずつ、2年が3人と少し偏った人数比で成り立っている。


「ん?来たのか霧金」

「はい。こんにちは柚符華ゆふか先輩」


 この人は宇土うと柚符華ゆふか。彼女はInst曲をメインに作成しており、その実力も折り紙付きで、少し前にあるゲームのbgmを担当したらしい。


「あ!先輩来たんですね」

「うん。さっき来たんだ」

「昨日は何時まで作業してたんですか?」

「確か、5時半くらいまでかな」

「そんなんで体調壊さないでくださいね...」

「あはは...善処するよ」


 次に話しかけてきたのは宇土うと文華ふみか。名前から分かる通り柚符華先輩の妹で、姉と違って彼女は曲は作らないが、歌が上手い。上手さだけで言えばおそらく慧に並ぶほど、つまり私よりも上手いのだ。「単純に凄い」と心の底から思う。今更だがこのサークルにいる人全員が成績10位以上の人たちなのでみんな何処かしら突出した部分がある。ゆっくりしていると抜かされてしまう可能性がある人たちなので油断できない。


「来たんだな」

「まぁね。ずっと作業しててもいいんだけどこうして人と話してると新しいイメージが湧いてくるときもあるからね」

「ふーん。元気そうで何よりだ」

「ちょっとあかりちゃん!もっと仲良くしようよ〜」

「はぁ...めんどくせ」

「あ、行っちゃった」


 この二人、鳴海なるみあかり水奈瀬みなせひかりはユニットとして活動している。あんな性格だが実力は目を見張る物がある。私と違い彼女達はLIVEを年に何回かするが、チケットは毎回完売。私もよく見てみようと何回か応募してみたが全て外している。私はネット中心に活動しているのでそんなに活発的にはなれないがいずれかはやりたいと思っている。


「よいしょ。今日は昨日(今日)の続きでもしよっかな」


 そう言って私は持ってきたノートパソコンを開く。慧からもらったアドバイスを取り入れたデータがそこに映されていた。mixは軽めにしただけなのでそこから始める。ヘッドホンをして作業に集中する。この部屋で作業するのと自分の部屋で作業するのだと少しだけ考えが変わる。この部屋にいたほうが明るい曲になりやすく、気分で場所を変えることはよくあることだ。


「お疲れ様です」

「ん?あぁどうも」

「今回の曲はいつ頃出る予定なんですか?」

「そうだね...早くて一週間、遅くても1ヶ月後には投稿したいかな」

「やっぱり早いですね。他の人ミュージシャンと比べて見ると速さが異次元です」

「基本音楽のことしか頭にないからね」


 少し休憩しようとヘッドホンをおいたときに文華がチョコを1つくれた。文華はよくこうやって休憩の合間に雑談やお菓子をくれたりする。


「そっちの調子はどうなんだ?」

「新しい曲のデモをもらっていて完成次第録音に入ります」

「なるほど。確かに今回の依頼先って結構大きな遊園地からだったよね」

「そうですね、先輩も行ったことあるんじゃないんですか?」

「3年前に一回だけあるかな。それ以来行ってないかも」

「私は1年に1回以上行きますよ」

「...そんなに?」


(今度慧でも誘って行ってみようかな)


 そんなに話をして盛り上がっていると


「霧金ちょっといいか」

「柚符華先輩?どうかしましたか?」

「実は作曲のことで相談があってな」

「いいですよ、とは言っても私が先輩に教えられることなんて無い気もしますけど」

「そうでもないぞ?特に今回の相談に関してはお前の方が詳しいはずだ」

「先輩がそこまで言うとは」

「これなんだけどさ」


 といって先輩は自身のノートパソコンの画面とその画面に写っているデータの曲を流してくる。


「これってEDMですか?」

「そうだ。私は今まで作ったことがないからな」

「なるほど、それで私の方が詳しいと言っていたんですね」

「そう言うことだ」


 確かに私はこれまでいくつかEDMを作ってきてはいるが、流石柚符華先輩といったところか、完璧とまでに思えるその曲には惚れ惚れしてしまう。


「...ほんとに初めて作りましたか?」

「作曲の勉強をしてから初めて作ったぞ」

「その割には上手すぎませんか」

「いやお前の方が上手いだろ」

「否定はしませんがそれにしても上手いなと」

「否定はしないんだな」

「はい」


 初めて作った物に負けるなどあり得ないし、そうやすやすと抜かされるような曲を作った覚えはない。


「とても上手いですが、ここだけ変えたほうが良さそうですね」

「ん?どこだ」

「最後の部分です。静かなメロの後最後のメロに入るとき、何度かブレイクしてから入った方が格好良く聞こえます」

「なるほど、試してみる」

「お役に立ったようで良かったです」


 先輩は自分の作業スペースに戻っていった。やはりあの人の作曲センスは凄まじいもにがある。あのレベルをで初めて作ったというのならあの人に

 不可能なんて無いとまで思ってしまう。


(ただ、追いつかれたりはしないかな)


 私は歌の投稿以外にも配信をすることで自分の視聴者を獲得している。それのおかげもあって現在2位を保ち続けているわけなのだが。


(それでも慧には勝てないのよね)


 慧は入学してからずっと1位を保ち続けている。本が売れるということ自体、そうやすやすとできることじゃない。スマホからすぐに聞ける音楽とは違って、本屋に行って自分の本を手にとって貰うという工程が必要な分、自分の作品を知ってもらう機会が少ない。それにお金がかかってしまう。1冊分辺り大体750円くらいだろうか、安いと言えない金額だ。それなのに1万人以上の人から手にとってもらえてるのだ。彼以上の才能持ち主を見たことがない。


「今頃あいつ何してんだろ」


 いつの間にか赤く染まった空を窓越しに見ながらそんなことを呟いた。














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